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姉ちゃんを幸せにできるのは俺しかいないんじゃないかと思案する。
ノンデリを装ってるけど、よく気が利いて料理も上手く、収入が安定している雪兄。
だけど重要な時に約立たず。仮に姉ちゃんが雪兄を選んだとしても寂しい思いをさせられるんじゃなかろうか。
例えば姉ちゃんの妊娠中にフラッと修行の旅に出たり……。
ピトッ。
「うひゃっ!」
急に冷たいものが頬に当たり、思考は中断されて肩が跳ね上がる。
……我ながら情けない声。妄想の中では雪兄に鉄拳制裁を加えていたと言うに。
イタズラっぽい笑顔を携えた蓮さんが、オレンジ色の液体が入ったコップを俺に向けていた。
「折角の宴会なのに湿っぽいわよ。何か考えごと?」
「いえ、少し。でも解決しそうな悩みなんで」
隠し事が多すぎてどこから話していいかわからない。雪兄のことも、姉ちゃんのことも。
「じゃあ飲んで忘れましょ」
俺が嘘を言ってることはバレているだろう。昔からこの人の前で嘘を隠し通せたことがない。だけど、何も言わずに笑ってくれた。
「あざっす」
返答してコップを受け取り鼻を近づける。オレンジジュースだ。
言葉から酒じゃないかと疑ったが杞憂だったようだ。
「やぁねえ、ただのジュースよ」
「あははー。いただきます!」
「あ、悠太くんそれは」
誤魔化すように笑いオレンジジュースを一気に飲み干す。
美味い!この辺で取れるみかんで作ったオレンジジュースだろうか。少し酸味が強い。
飲む直前に沙織さんが俺を呼んだ気がしたけど、なんだったんだろう。
なんか体がポカポカしてきた。ビタミンCが足りてなかったのか?冷え性予防に良いって聞いたことあるけど、そんな即効性あったっけ。
それになんか、わけもなく楽しい気分になってきたような。
けど、視界が歪む。なんだ?蓮さんが2人に見えてきた。
――――――
「んふ」
なんか体がポカポカして、楽しくなってきた。
「姉ちゃん!」
俺は叫んだ。
「は、はい!」
「俺と結婚しよう!!」
「ふええ?」
正気か?と全員に視線を向けられそうな発言をした気がする。
唐突なブロポーズに、姉ちゃんも驚いて、飲んでいる最中のジュースが口からだらだら零れて谷間を汚していく。
俺は羽織を1枚脱ぎ、姉ちゃんの胸元を隠すようにそっとかけてから言った。
なんだ、この内側から無限に湧いてくる勇気は。今ならなんでも出来そうな気がする。俺は無敵だ。
「雪兄には任せて置けねえ。姉ちゃんは俺が一生面倒みるよ」
「え、えええ!?私……血の繋がった姉だよ?急にどうしたの?顔真っ赤だよ?」
姉ちゃんの怒涛の質問。答えは1つ。
「んふ。菜月を幸せに出来るのは俺しかいないから。世間体なんて気にするなよ」
「葉月ちゃんみたいな笑い方で私を口説かないでぇ……いつもかっこいいのに、もっとかっこよく見えちゃうぅ」
すっと、肩を寄せて姉ちゃんの持っていた箸を優しく奪う。
料理を取って姉ちゃんの口に運ぶと姉ちゃんは羞恥に染まった顔で料理を口に含んだ。
「他の女の名前を呼ぶなよ。今目の前に居るのは誰だよ」
葉月姉ちゃんの名前を言ったから、嫉妬しちまったじゃねえか。
俺も覚悟を決めたんだ。俺だけを見てほしい。
「ゆ、悠太ですぅ」
「菜月……寂しい思いさせてごめんな?弟失格だよ。俺は」
姉ちゃんは同性愛者で葉月姉ちゃんが初恋。
なのに俺ときたら、姉ちゃんの気持ちも考えないで雪兄のスペックだけで姉ちゃんの事を任せようとしていた。
「そんなことない!悠太はたくさんの人の為に動ける自慢の弟だよ」
「違う。俺は弟って立場に甘えてただけのガキだ。1番近くにいた姉ちゃんの寂しい気持ちに気づいてやれなかった」
「本当にどうしたの?様子がおかしいよ」
「俺は正気だよ。少し体がポカポカするけど、正気だ。そんなことより姉ちゃん。今日から俺が姉ちゃんをめちゃくちゃ甘やかしてやる。だから姉ちゃん。結婚しよう」




