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「だからこそ君には安心して好意を向けられるのかもな」
琥珀さんがポツリと漏らした告白に近い言葉に口があんぐりと空いてしまった。
それは麗奈も同じようで、小さなお口をぽかんと開けて、目をぱちくりしている。
冗談めかしてたまに言ってくるけど、今のは間違いなく本音だろう。
言った本人が一番驚いてるから。
告白に次ぐ告白。涼夏、唯、麗奈に沙織さん、千秋と琥珀さん。大渋滞だ。
普通ならモテ期到来と喜ぶべきだ。
男らしいとは程遠い見た目をしてる、こんな俺を好きになってくれた人達には真摯に向き合いたい。
だからそんな喜び方は出来ない。
「じょ、冗談だ。少年の事は好いてるぞ。友達としてな」
明らかに言ってしまったって顔を見た後で言われても、苦しい弁解にしか聞こえねえっす。
『冗談じゃないでしょ。琥珀は悠太のこと好き。恋愛的な意味で』
そこに切り込む麗奈さん。だと思ったよ。
千秋の時みたいに説得をするんだと思う。正々堂々勝負をする為に。
俺は2人の様子を観察しつつ湯を手の平でちゃぷちゃぷと叩く。ただの手遊びだ。
「な!なんで言うんだ。私は麗奈のために」
「ぐぬぬ。そう言われると悔しい……けど私は良いんだ。麗奈に幸せになって欲しい」
「私の幸せ?私は麗奈や少年達が親友で居てくれる事の方が幸せだよ。麗奈はたくさん苦労してきたのだから」
琥珀さんの言葉を遮るようにスマホを見せると、琥珀さんの眉がつり上がった。
「それ以上言うな。麗奈相手でも怒るぞ」
何やら雲行きが怪しい。
パシャと麗奈が琥珀さんに風呂の湯を飛ばした。
麗奈も親友と喧嘩する気満々なのか、目を細めて琥珀さんを見ている。
いきなりお湯を浴びせられた琥珀さんはと言うと、苛立ちを隠さず、お返しと言わんばかりに腕を振り、倍以上の湯量を麗奈にぶつけた。
「けほっ、けほっ」
麗奈が咳き込む。
先に実力行使に出たから自業自得なのだが、俺が思うに同情的な琥珀さんの言葉に気を悪くしたのだろう。
俺に恋敵が居たとして、俺の境遇を引き合いに出して譲られたとしたら俺も怒る。
麗奈は理不尽によってもたらされた不運も乗り越えて、ここに居るから、特に人からの同情を嫌う。
麗奈が同情を嫌うことは、琥珀さんも知っている筈なのにいったいどうして同情的な言い方をしたのだろうか。
「麗奈の事が大好きに決まってるからだろ!」
琥珀さんは、髪から滴るお湯を首を振って払いながら言った。
さらに激昂し、琥珀さんに近づくと、肩を掴んだ。
掴みかかられるなんて、思っても見なかったのだろう。琥珀さんが目を見開く。
「同情ではない……ずっと。麗奈の事を見てたんだぞ。出会った時の君はいつ死んだって良いって目をしていた」
俺も麗奈と初めて会った時、私と同じ瞳をしてるって言われたっけ。
「私がご飯を食べさせないと、死んでしまうんじゃないかってくらい線も細くて……聞けば辛い境遇で、友達になって支えてあげたいって思った」
琥珀さんを真っ直ぐに見据え、こくりと麗奈が頷く。
「だから、麗奈が少年の事に好意を持ち始めた時。いの一番に気付いたよ。いつの間にか私の助けを必要としなくなったからね」
寂しさと安心した感情が入り混じった声色だ。
「けど夢中になるほど少年を好きになっているのに。麗奈は私をおざなりにするようなことはしなかった。それどころか、少年も一緒に私を頼ってくれて、優しくもしてくれた」
恋愛をすると周りが見えなくなるタイプは男女問わず何処にでもいるが、麗奈は違う。
一見すると恋愛や好きなことに依存してしまうように見えるけど、全くそんなことはない。
きっと理不尽に大事な物を奪われてきたから依存するほど固執せずに無理なら諦めてしまう。
だから欲しい物は、奪われないよう少し無理をしてでも手に入れようとする。




