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「怖がらせてごめんなさいねっ、彼には後でお仕置きしておきますね!」
腹黒い笑みを浮かべ、手をぐーにする山本さん…被害者側である筈の俺だが、ヤクザの方に同情を禁じ得ない。
「殴られてはいないので…お手柔らかにお願いしますね」
『そうだよー(゜∀゜)お尻ぺんぺんくらいで許してあげてくださいね(^○^)』
うんうんと満足げに頷き、スマホを見せる麗奈…お前は知らないんだ…容赦のない山本さんの事だ、仮に罰がお尻ぺんぺんで済んだとしても、あのヤクザさんのお尻は真っ赤に腫れ上がる事になるだろう。
大事な組長の娘さんを心配しての行動で、受ける罰にしては重過ぎる…。
「いやですねー、悠太くん…私はそんな暴力女に見えますかねえ……ちょん切っちゃうぞ」
マズイ!顔に出てたのか!?ニコニコ笑顔で掛け布団を捲り上げる山本さん。
俺の周りの人間はなんて猟奇的なんだ…しかもこの人に言われたら冗談に思えない。
「いいえ、山本さんは女神様です」
「よろしいです!次は切り取っちゃいますからねえ」
なんの女神かと聞かれたらメソポタミア神話に出てくるイシュタルだが、黙っておこう。
『君!私は?私は?(*゜▽゜*)』
「麗奈は妹みたいなもんだろ?」
『ガーン!∑(゜Д゜)私はお姉さんだぞ!敬うべき存在だぞ!』
「ふふ、仲がいいですねえ」
非難の声…文が麗奈から上がるが、事あるごとに俺を困らせ、こんな手の掛かる女の子は完全に妹だ。
「春日さん、朝食のお時間ですよー」
そんな俺たちのおふざけをぶった斬るように、コンコンと病室の扉がノックされ綺麗に配膳されたお盆をもった看護師さんが入ってきて、朝食を置いていった。
昨日の夕飯の半分以上は麗奈に盗られ、俺は今非常にお腹が空いているのでとても有難い。
だってこいつ、俺の腕が折れてるのを良いことに『あーんじゃないと食べちゃだめ٩( 'ω' )و』って言うのだ。
スプーンだから自分で食える、と拒否したら本当に半分以上も食い尽くしやがった。
例の如く片手にスプーン、もう一方の手にはスマホを持ってこちらに向けている。
『今日はご飯食べるよね(o^^o)』
無言でスプーンを取ろうと手を伸ばすが麗奈が得意げにスプーンを上に掲げる。
今日は食べるどころか昨日も食べたかったんだけどな……、これは今日も拒否したら全部持っていかれるやつだ。
山本さんもニコニコしたままこちらのやり取りを見ているだけだ。
「わかった、食べさせてくれ」
はぁとため息をつき、諦めて食べさせて貰えるようにお願いする。
『ふふん、お姉さん!に食べさせて欲しいなら君も菜月お姉ちゃんの弟お願いの仕方、わかるよね(о´∀`о)』
こ、こいつ……あーんだけでもこの上なく恥ずかしいのに恥ずかしいセリフも言えだと?さっき妹って言ったことを根に持ってるのか。
だけど、あまり下手に出てなんでも言うことを聞くと勘違いをされても困る……もう遅い気がするが…。
ここは厳しく接するとしよう。
意を決し、口を開こうとした瞬間だった。
麗奈の後ろで手をチョキチョキしながら俺に向けてサインを送る山本さんが目に入った。
「お姉ちゃん……あ、あーん」
小さな勇気と正義感では、より大きな悪には勝てないんだ。
泣く泣く屈辱のあーんを受ける俺に麗奈と山本さんはホクホクの笑顔だった…。
朝食も食べ終わり、あーんの恥ずかしさから身悶えしていると、山本さんが麗奈が風呂に入ってないことに気づき、同じ女子としてそれはダメ!朝食ついでに風呂に入れてきます!と言って俺の隣に張り付いて離れない麗奈を連れて出て行った。
子供のようにベッドの手すりに張り付いて離れようとはしない麗奈だったが、山本さんが麗奈の耳元で何かを囁くと、顔を真っ青にして急に抵抗をやめ、大人しくついて行った。
何を言ったらあのわがままお姉さんが大人しくなるんだろう。
……………………麗奈にも言われたけど、やっぱ一人になると寂しいな。
ここ数日間一人になることなんてほぼ無かったもんな。
姉ちゃんはちゃんと眠れただろうか、まあ涼夏が一緒に寝てくれているだろうから平気か。
立花先生もあんなボッコボコの顔で学校に行くのかな…まあ二日続けて二日酔いの酔っ払いみたいな顔をしてた先生のことだ。
酔っ払って電柱と喧嘩したとか言い訳して逃れるだろう。
そんなことを考えながらふと病室の鏡が目に入り、驚愕した。
笑っていたのだ、俺が。
いつも仏頂面で楽しいと感じることがあっても、笑顔になるなんてことはなかった。
そもそも怒りと悲しみ以外の感情を抱くことなんてなかったのだが……
この町に戻ってきたのは、予想以上に早く、自分にとっていい変化をもたらしているんだな……。
姉ちゃんや涼夏、雪兄にも見せて驚かしてやろう、姉ちゃんなんか腰を抜かして感動に泣き出してしまうかもしれない。
「調子はどうかな?入ってもいいかい?」
一人でみんなの事を考え、ワクワクしていると病室をノックする音が聞こえ、外から男性の声が聞こえてきた、きっと担当の医師だ。
「……ぁ!」
いいですよ、と答えようしたのだが息が詰まり喉に引っかかったように声が出ない。
途端に息苦しくなり、体の震えが止まらなくなる。
自分の体に何が起きているかもわからなく、ただただ頭の中はパニックを起こしてしまう。
「何かあったんですか!?入りますよ!」
病室の外で待機していた医師が、いつまで経っても返事をしない俺に、異常を悟ったのか病室の扉を開け、中に侵入したと同時に体の震えがピークになった。
怖い…来るな!来るな来るな来るな!来るなぁ!
パッと昨日の俺の下半身を触るヤクザの下卑た顔が頭をよぎる。
『玉潰して売るか?それが好みの変態野郎もいるだろうしよぉ!!』
「っはぁっ……でてけぇ!」
「うわっ!」
ドン!
尋常ではない様子の俺に心配そうに駆け寄る医師を咄嗟に突き飛ばしてしまう。
「春日さん……女性の医師を呼んできますので、深呼吸をして待っていてください!」
男性医師が慌てて病室を後にした、少しずつ震えと呼吸は収まっていく。
汗で服や髪がまとわり付いて気持ち悪い。
病院まではアドレナリンが出てたから平気だったとしても何故だ、朝のヤクザさんの時は平気だった。
男性医師が部屋に入るまでは必ず心を許した女性が側にいた。
まさか、麗奈はこれを見通していて俺の側を離れなかったのか……?