62頁
62
海に来たのなんて何年ぶりだろうか。
姉ちゃんが亡くなる前だから4年経っていることは間違いない。小学生の頃の記憶なんて曖昧で何年の時なんて事は覚えていない。
俺って泳げたっけ。答えは否、確か泳げない。
そんな事も忘れてしまうほど、海に来るのは久しぶりだ。
視界良好。真っ青に広がる水。白い灼熱の絨毯。綺麗だ。
「海だー!」
涼夏が叫んだ。
いきなり叫ぶなよ。海が肩をビクってして反応してるだろ。
いや、でも、気持ちは分かる。だから俺は息を大きく吸い込んだ。
「海だー!」
涼夏に習って俺も叫ぶ。この際泳げる泳げないなんでどうでもいい。
こうやって叫ぶことで、この広大な海が綺麗で、広大な事を誰かに伝えたかった。
「海なら神奈川にもあるでしょう」
「遊びで来てるんだよ!叫ぶでしょ!ぷんぷん!」
野暮だな唯よ。涼夏の言う通りだ。だってただそこにある海と、バカンスで来た海は同じようで別のものなのだけれど?だけれど?
あー、早く水着に着替えて海に入りてえ。腰までで良い。それ以上先に行くと俺は死んでしまうのだから。
「麗奈って泳げんの?」
チラと隣に居る麗奈に声を掛けた。
お、おお、こいつも子供のように目をキラキラ輝かせて海を見てる。
『泳げるよ!お姉さんね。泳ぎ得意だから、あそこの岩まで競走しよ』
こいつが勝負を挑んでくるなんて余程自信があるんだろうけど、俺泳げねえんだよな。
しかも麗奈が指さした岩ってのは遠くの方で海にポツンと浮いてるように見える岩。
浮き輪があったとしてもあんな所まで行けないよ。
「競走は涼夏としたら良い。俺は優雅に海を漂ってるから」
『えー。お姉さん泳ぎ上手なのにー(・ε・` )』
どうせ涼夏辺りが大きな浮き輪を持ってきてるだろ。
「あ、おかあさーん浮き輪忘れたー」
「あら、別のカバンに入れてたのかな?」
なんだと?他に誰か浮き輪持ってねえのか?
誰も麻波母娘に声を掛けないと言うことは、そういう事なのだろう。
これだけ人数居て誰も持ってきてないことなんてある?
千秋、お前はどうなんだ!
「涼夏さん泳げないんですか?」
ニマニマと小生意気な表情で、千秋が涼夏に語りかけた。
居たよねー、泳げない奴を馬鹿にするやつ。
「ううん、私は泳げるんだけどね、その」
チラッと涼夏の視線がこちらを向いた。
なるほど、俺の為に用意してくれてたんだな。ありがとう涼夏、気持ちだけでも嬉しいよ。
『浮き輪ないみたいだからお姉さんと競走しよ( ´ࠔ`* )』
「お、おう」
こんな子供みたいなキラキラした瞳で言われたら、断りたくても断れないよ。
泳げないって言うのも、失望させてしまいそうだし。
ま、まあまずはほら、どうせ皆腹が減ってるだろうし?BBQからスタートだろ?男手が必要だろうから俺はそっちを手伝って「みなさーん。バーベキューの準備はうちの若い衆と雪人さんがやるので、水着に着替えて海で楽しみましょ〜」
俺、構成員だった気がする。
「そゆことで俺、バーベキューの準備があるから」
「おう悠太!海楽しんでこいよ!」
ニカッと笑う雪兄に、サムズアップで送り出された。
ちくしょう。神はいないのか。
「悠太行こー」
海が、更衣室に行こうと声を掛けてきた。
こいつに泳ぎのコツとか教えて貰うか。
もしかしたら5分で泳げるようになる理想のハイパーテクとか知らねえかな。
「うい」
俺は軽く手を挙げて、海について行った。
更衣室はプライバシーに配慮してか、半個室のようだ。
壁は天井までは届いていないものの、入口はパーテションで仕切られている。これなら覗かれることも無いだろう。
正直助かる。すれ違った人にもギョッとされたし、折角温泉が貸し切りなのに、こんな所で人目を集めるのは嫌だから。
「はぁあ」




