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歩いているうちに頭が少しずつ冷めてきた。
秋山さんの言葉が、やけに心に引っかかる。
「私と同じ悲しい目」って言ってたよな。
別に他人からどう思われたって良いけど、秋山さんが同じ境遇の人間だったなら、さっきのはちょっぴり言い過ぎた。
こんな事を思っちまうのは秋山さんの雰囲気が姉ちゃんに似ていたから、だろうか。
けど、今から公園に戻ったところで、合わせる顔がない。
ジンジンと痛む拳も痛い。アドレナリンが切れて脳が正常に戻ったからだ。
うわ、真っ赤に腫れ上がってる。
喧嘩したなんてバレたら叱られるだろうな。もしくは泣かれるかも。
考え事を続けていると、麻波家の前についた。
出かけてから2時間が経っていた。
胸の苦しさは無くなったけど、帰って来るのにそんな時間かかってたのか。
幸いスマホには通知はない。涼夏よりは先に帰って来れた。
玄関を開けて中に入り、鍵を閉める。
リビングに行き、羽織っていたパーカーをソファーに脱ぎ捨て、その上に図々しくドカっと座る。寝転がる。ソファーの冷たさと柔らかい感じが最高に心地良い。
そろそろ姉ちゃんと涼夏が帰ってくる頃かな。憂鬱だ。
「たっだいまー!」
噂をすればなんとやら。憂鬱だ。
扉を勢いよく開けて帰ってきた涼夏に、出来るだけ不自然にならないよう、パーカーに右手を差し入れて隠した。
「相変わらず騒々しいな、おかえり涼夏」
「えへへ、ただいま悠くん!良い子にしてた!?」
と俺にふざけた質問をしながら、着ていた冬用のコートをソファーの背に掛けて俺の左隣に座った。
「何だそれ、俺は子供じゃないっての、そもそも外になんか出てねえし」
冷静を装い焦る事なく悪態をつく。
外には出ていないことにしておこう。
「身長は子供のままだけどねぇ!」
このアマ…チョップをかましてやりたい。
だが腫れた手を見られたらアウト。ここは我慢だ。
「そんな事より、私は大人しくしてた?って聞いただけなんだけどっ、怪しいですなぁ〜お外で何してきたの??」
ニヤニヤしながら、それでいて「本当の事を言えよ」と目で訴えかけてくる。
昔から鋭い所があるんだよな…どうするか
「いや、言葉の綾だ、気にするな」
「ほほうほうほう、怪しいですなあ」
瞬間、涼夏が隠していた俺の右手首を掴み、捻りあげた。
「いてえし、俺は痴漢もしてねえし、離してくれねえ?」
と言うと、涼夏の顔から表情が消える。ギロリと睨みつけられた。
「そんな事言う余裕があるんだね、私に嘘ついてさ、大人しくしてたんなら、この怪我は何?」
「別に、お前に関係無……!」
とんでもない衝撃と共に視界が90度回った。ビンタをされた。涼夏に。
俺は不服を訴えようと立ち上がる。
「お前朝言われ」
「関係なく無い!!!関係なくなんか無いもん……!!グスッ」
涼夏は意地らしい表情でこちらを睨みながらも、大きな瞳いっぱいに涙を溜めて泣き始めてしまった。
「悠くんは…...私の大事な…...幼馴染だから、関係なくないもん」
「ごめん」
すぐに謝る。女の子を泣かせたらすぐに謝る。これは姉ちゃんの教え。
お前だって俺にとって大事な幼馴染だ。と言おうとしても言葉が喉に引っかかって言葉が出ない。代わりに少し深呼吸をする。
「俺は人の好意を素直に受け入れられない。菜月姉ちゃん以外は何かあるんじゃないかって勘繰ってしまうし、姉ちゃんですら信用しきれない時がある」
俺にとって絶対的存在だった葉月姉ちゃんは死んだ。負けないって信じてた。
「私のことくらいは、信じてよ」
「……悪いな」
涼夏がゆっくりとソファーから立ち上がって俺の目線に合わせるように膝立ち、涙が溢れる瞳を腕で拭うとしっかりと俺の目を見て
「私は悠くんを諦めないから。煩わしいとか悠くんの都合は関係無い。私は悠くんの味方だから」
言いながら。俺の手を優しく包み込むように握った。
何の動揺もない、茶髪の間から覗く涼夏の真っ直ぐな瞳は、綺麗で俺の瞳を捉えて離さない。
「だって私は悠くんの幼なじみだからっ」
そう言ってあざとい笑顔作った。
「……おう」
「私も、数ヶ月だけど悠くんよりお姉さんだからね!だから悠くんの心が治るまでは、私が守ってあげるから、だから言いづらい事でも私にだけは相談して、頭は良くないけど、何とかしてあげるからね!」
「…...ありがとう」
もっと言いたい事は他にあったけど、今はそれしか言葉が出ない。
「えへへ、どういたしまして!それじゃ、手の応急処置しよっか」
涼夏ちゃんが聖母すぎて(*´ノi`)・:∴・:∴・:∴・:∴