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しばらく歩いていると、桜亭と書かれた定食屋の前で、夜営業の暖簾を持った雪兄と鉢合わせた。
さて、今回は雪兄にも話しておくか。話さねえとキレられるし。でもこれから営業なら心配かけるだけのような気もする。
迷って立ち止まる。
「あいてっ」
急に止まったから麗奈もぶつかってきた。
「よう悪ガキ!今帰りか!あまり遅くなると菜月が心配するぞ!」
俺達に気づいた雪兄が満面の笑みを浮かべて、軽く手を挙げた。
「ガキじゃねえ。雪兄は今から開店か。忙しいことで」
「まぁな!静香様様だよ!ははは。俺一人の時は……」
「でも、ほら店員1人可愛い子が居たってだけじゃ、リピーター着きまくって忙しくはならないだろ?プラスアルファ雪兄の料理が良いからお客さんがくるんだろ」
雪兄がめんどくさいモードに入りそうだったので、慌ててフォローを入れる。
「俺の料理も認めてもらい始めてるってことか!」
「そーいうこと。な?麗奈」
『むしろ今まで閑古鳥が鳴く。だったのが信じられないくらいだよ。お姉さんが保証する』
「お前らは嘘つかないもんな!今日は飯食ってくか!?タダでいいぞ!」
「いや、忙しいんだろ?家で食うよ」
ここで飯を食ってたら涼夏達と作戦会議が出来ねえ。悪いけど今日は帰らせてもらおう。
だが、何故か雪兄が、ジト目で俺を見つめている。
「いつもなら食いつくのに。なんか悪巧みでもしてるんじゃないのか?」
「してねえよ。今日は誘拐犯捕まえんの。でも雪兄これから仕事だから話すだけ心配かけるかと思って悩んでたの」
「してるじゃないか。よし。今日は店じまいだ。おーい千秋ー!!」
「おいおい社会人それでいいのかよ。折角忙しくなってきたのに」
「1日くらい店を閉めても大丈夫だ。それに何より今俺は嬉しいんだ。お前らが」「なんですか?あ、悠太と麗奈さんこんばんは」
雪兄が多分良いこと言おうとしたところで、割烹着をきた千秋が店の中から顔を出した。
『千秋お手伝いしてるの?可愛いね』
「麗奈さんも今日も綺麗ですね。悠太も可愛いです」
「おい。麗奈はともかく俺の事は余計だぞ。俺はかっこいいんだ」
「……おまえらぁ」
雪兄はカッコイイけどいつもこんな役回りだ。
「なぁ、千秋。夢。見てねえか?」
千秋には予知夢を見る能力がある。それも人が死ぬ夢限定で。
「今日は見てないですねえ……何かありました?」
なら、不確定ではあるが、俺たちが死ぬ事は無さそうか?
まだ千秋の能力がどの程度確信をついてるかわからないから油断はできないが。
「いや、見てないならいいんだ。取り敢えずうちで話すから着替えて来てくれるか?」
「え、これからお店始まるんですけど」
え?何言ってんのこいつ。みたいな目を向けられながら言われた。
「雪兄が今日は店じまいだってよ」
「は?雪人は馬鹿なんですか?お客さんはどうするんですか?ちょっと売れたからって良い気になってるんですか?あなたのやりたいことはなんですか?」
言葉の暴力……。
雪兄より小学生のこいつの方がよっぽどしっかりしてて社会人向いてる気がする。
「今日は悠太達の応援に行くんだ!俺も誘拐犯捕まえるんだ!」
「って事だけど、悠太。ぶっちゃけ言って雪人は必要?」
どうだろ。相手が女性狙いだから男手はあってもいいとは思うけど。
つーか雪兄にはこいつに着いていてやって欲しい。
今までの犯行が誘拐だっただけで家に押し入ってこないとも限らない。
「まぁ、伏見さんも来るだろうし。居たら嬉しいけど居なくてもいいかも」
『組の方々もね(*´艸`)』
「だそうですよ。雪人。お店に暖簾かけてください」
「そんな!折角悠太が俺を頼って」
「かけて」
「………………」
「かけろ」
雪兄は、暖簾をかけると肩を落として店に入って行った。
その背中はとてもとても寂しそうだった。




