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連れられて行った病院で医師に事情を事細か聞かれ、素直に答えると、骨折した骨をギブスで固定された。
頭を強く打っているため、大事を取って精密検査のために三日ほど入院することになった。
立花先生は軽症で済んだのか、軽く治療を受けて、雪兄に謝罪とお礼を言って今日は帰って行った。
そして今、仕事中のはずの蓮さんや姉ちゃんが病室に駆け付けている。
バッチーン!
姉ちゃんの平手打ちだ。
「あんた涼夏に心配かけて何やってんのよ!!」
「ちょっと!怪我してるんだからやめてあげてください!」
姉ちゃんに胸倉を掴まれ引き寄せられるが、看護師さんに止められる。
それでも勢いの止まらない姉ちゃんが、看護師さんの手を振り払い俺に掴みかかる。
「菜月、説教なら俺がもうした、分かるけどやめてやってくれ…こいつも馬鹿じゃ無いから何が悪かったか、もうわかってる」
黙って下を向く俺を庇うように雪兄が、姉ちゃんの手を取って落ち着かせる。
「菜月ちゃん、雪人くん、悠太くんが命を賭けてでも助けたいと思ったのよ。やり方は間違っていたかもしれない。でも、悠太くんも必死に頑張ったの。怒るだけじゃダメよ」
ふわりと心地良い香りと共に蓮さんの柔らかい体に包まれる。
「大怪我をしたかも知れない、下手をしたら死んでいたかもしれない。けど結果的にこの子は、友達の心を救った、そこは褒めてあげないと、ね?」
蓮さんは宝井さんにも微笑みを向ける。
「はい、このまま生きて戻れ無いと思いました…私がここにいるのは悠太くんと悠太くんを読んでくれた海のおかげです」
「畏まらなくていいのよ?娘がいつもお世話になっているのだからあなたもおいで、怖かったでしょう」
蓮さんが宝井さんを呼んでもう片腕で抱きしめる。
「うぅ、こわがっだれすぅう!」
緊張の糸が切れたのか、声を上げて泣き始めた。
無理も無い、あんなに現実離れした事件にあったんだ、泣き出さない方がおかしい。
「悠太、お姉ちゃん、怒っちゃってごめんね、でもあなたの事が心配なの…」
姉ちゃんも瞳に涙を浮かべ抱き締めてきた。
「俺もごめん…もう無謀な事はしないよ、約束する」
あやすように、姉ちゃんの頭を撫でる。
「それにしても、沙織ちゃんがヤクザの娘さんだったなんてね、組の出方によっては私の全権力を使ってでも潰すわ」
静かに怒りを露わにする蓮さん。
「その必要はありません」
そこにガチャリと病室の扉が開かれ、着物を着た山本さんが入ってきた。
1人で来たようで、病室の扉を閉めると、床に跪いて、三つ指をつき、頭を下げた。
「この度はうちの家の者が、大事な弟さんと、そのご学友、先生に御無礼を働き大変申し訳ございませんでした」
山本さんが謝る事じゃ無いのに…。
「頭を上げてください、沙織さんが頭を下げる事じゃ無いです」
蓮さんが頭を上げるように促すが、当の山本さんは頭を下げたまま、上げる様子はない。
「いえ、全ては私と父…組長の監督不行き届きが引き起こした事です。先程件に関わった組員にはケジメを取らせ、破門にさせていただきましたが、それではお姉様や、親代わりの蓮様の気がすまないと思いますので、私はどんな罰も受けるつもりです。どうぞ煮るなり焼くなりしてください」
蓮さんの目が座っている。
山本沙織さんとしてではなく、近松組の組長の娘として来訪した事に腹を立て始めているのだろう。
「やめてくださいよ、山本さんと雪兄が来てなかったら俺は死んでたんです。感謝はしても、罰なんて与えられるわけないっすよ、それでも頭を上げないつもりなら、今日は帰ってください、俺山本さんに恨みないっすから」
そうだ、彼女は組の責任を取らされているのだけなのだ。
山本さんが静かに顔を上げ、立ち上がる。
「頭を上げてくれて良かったわ、そのままあなたが全責任を負うつもりなら、私は容赦なくあなたのお家を潰すつもりだったわ」
「本当は、カタギの人に迷惑をかけるならヤクザの実家なんて潰れて仕舞えば…とは思うのですけどね…今日は組長の言いつけで居なかった良い組員もいるもので、私も中々踏ん切りが付かないんですよ」
「なるほど、今回のは悪い組員の強行だったのね?」
「はい…宝井さんもごめんなさいね、貴方を攫った組員は2度と会う事はないように徹底的にやっといたわ…後借金なんだけど、チャラにするように組長に言っておいたから、こんなんでお詫びになるとは思ってないけど、取り敢えず安心して欲しいの」
「あ、ありがとうございます」
宝井さんが頭を軽く下げる。
「頭を上げて、今回のはうちが悪いんだから、それにしても…」
という山本さんの顔は憂鬱で悲しそうだ。
「せっかく菜月さん達とお友達に慣れたのに、これで終わりですね、本当は普通の女の子になりたくて母方の旧姓を名乗って家具屋さんで働いてたんです…でも今回ので決めました私組に戻ります、事件を起こさないように私が見張るんです」
何かを決意した様に語る山本さんに誰も声をかけられなかった。
なんでだ?
「ヤクザの娘とか関係ないっすよ、ここにいる山本さんは山本さんです、近松沙織なんて人知らないっすよ、だから組に戻っても山本沙織さんで俺達の友達です」
俺の言葉にみんなが目を見開く。
当然のことを言ったつもりだ。
「悠太くんは優しいんだね…、私が後もう少し若かったらコロッと落ちちゃうとこだったよ」
「そうね、悠太の言う通りよ、沙織は私達の友達なんだから、組に戻っても友達よ」
「菜月ちゃんも…ありがとうね。よし、帰ってお父さんを説教してくる、腕、不便だろうから、お世話しにまた来ても良いかな…?」
さっきの言葉でも、まだ不安なのか、上目遣いでこちらを見つめている。
「いつでも来てください。ほら姉ちゃんも蓮さんも仕事抜け出して来てくれたんだろ、俺はもう大丈夫だから戻って、雪兄お見送りして!」
と言って病室から追い出し、宝井さんと2人きりになった。
「宝井さんも海のところへ行って安心させてやってくれ、あいつすげぇ、心配してたから」
「うん、ありがと、本当にごめんね」
「気にすんなよ、生きてたんだ、問題ない」
と告げると宝井さんが病室から出るために立ち上がり、扉の前まで歩いていく。
扉を開け、立ち止まり、こちらを振り返らぬまま
「悠太くん、私のことも次から名前で呼んで」
と言って去って行ったのを見送ると、目を閉じ眠りにつくのだった。