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大きく息を吸う。臆するな。出来るだけ低い声を出すんだぞ。
言い負けるなよ。今日こそ勝つんだ。
「おいお前ら」「ともやくんは居るんだよ!!!!」「うっせええ!!」
やべぇ……ついフルスイングでぶん殴っちまった。
さっきは先生を励ます為に殴ったが、今のはただの暴力だ。
あーーーーーーー留年確定か?後輩達と授業受けなきゃいけねえのか?
「うわぁああん!!!僕もう帰るぅうううう!!!!」
いい歳した大人がギャン泣きしながら走り去って行った。
あ、コケた。
「……………………悠太くん。あんまりですよぉ」
「俺も後悔してます。留年するんじゃないかって」
『大丈夫だよ。まさきは酔っ払って忘れる』
「そ、そうですよ。きっと、多分大丈夫です〜」
沙織さんが慰めてくれるなんて滅多にない。
明日。先生が覚えていたら謝ろう。
「とにかく。あいつの戻りを待ってどっかで話そうぜ」
『そうしよう。まさきはここに来てなかった』
「ですねぇ。私はここで先生には会っていません」
謝ろうって思ってるんだから無かったことにはしないであげて。いや、先生の為にも忘れてやった方がいいかもしれん。先生も生徒の前で、あんな情けない姿を晒したなんてこと、覚えていて欲しくないだろ。
ナンパ女を連れてやってきたのは山本家。ヤクザのお家。ここに来るのは3回目。1回目は襲撃する為。2回目はつい最近、この件に関して手を貸して貰えるようにお願いしに来た時だ。
どうやら今日は、あの鬱陶しいゴリラこと山本父は居ないらしい。
意気揚々と組員を連れて犯人探しに行っているだとか。
あの親父じゃ抑止力にはなっても犯人を見つける事は出来ないだろう。
見た目が厳つすぎる。あの親父の前で犯罪を犯すようなやつはいねえ。
「適当に座っててくださいねぇ、今飲み物を用意してきますので〜」
そう言って山本さんは室内を後にした。
『沙織の部屋。何もないね』
私の部屋ですぅ、と案内された部屋には、前に行った麗奈の部屋くらい、いやそれ以上にものが無い。
机と布団。マジでそれだけ。
あの人の事だ。沢山の武器を飾ってあっても不思議ではない。
「ねえ。入り口で凄い挨拶されてたけど、春日君て何者?てかあの人たち黒いスーツ着てたけどここって……」
ナンパ女が山本さんの姿が消えたのを見計らって聞いてきた。
門の前で頭を下げて挨拶されちゃ気になるよな。
「ああ、ここは事務所。そして俺はただの男子高校生」
知らなくていい事もある。
「へぇーあの人めっちゃ綺麗だったから芸能事務所とか?君もデビューしちゃうの??」
『違うよ』
「俺はデビューはしないけど、間違っちゃいねえだろ」
ただ俺は事務所って言っただけだから。
『悠太はただの男子高校生じゃない。男の娘』
見なくていいや。
「凄いなー、芸能事務所にもコネがあるんだねえ。いっそデビューしてみたらいいのに。可愛いんだから」
「たわけ。お前らには俺の男らしさがわかんねーだけだよ。見ろ。この逞しい腕を」
内藤の起こした事件以来、鍛えに鍛え上げた腕を見せつける。
『綺麗で柔らかそう(゜ω゜)(。_。)ウンウン』
「秋山先輩に同意」
うぜえ。
「んじゃあ見ろ!この逞しい足を!!」
『すらっとした足。腰にクビレもあるよ』
「秋山先輩に同意」
ムカついてきたぞ。
「じ、じゃあこの腹筋を!!!」
『どっからどう見ても女の子。ぷにぷにだよ』
腹筋してるんだけどなー!!!割れないんだよなー!!!
雪兄より回数もこなしてるのに割れないんだよなー。ちくしょう。
「春日君って神様のイタズラみたいな体してるよね」
黙れ。あんまりだろ!俺は男らしくなりたいのに努力しても変わりゃしねえ。
牛乳飲んでも身長は伸びなかった。せめて筋肉だけでもつけようと思って馬鹿みたいに筋トレもした。




