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「そんなこと言わずに……なあ、いいだろ?心細いんだよぅ」
「やめろ!ひっつくな!」
怒りながら俺を羽交い締めにして店内へと連れ去ろうとする先生を引き剥がした。
先生は道路の端っこでし始めてしまった。
全く油断も隙もない!………………でも、俺も昔はこんな感じだったっけ。
姉ちゃん達に連れられて美容院に来て、姉ちゃんと離れるのが嫌だった俺は姉ちゃんの膝に抱きついて嫌がってた記憶がある。
「…………はぁ、仕方ねえな」
ため息をひとつついて、先生の肩を叩く。
「春日ぁ……」
馬鹿みてぇに情けない面で今にも泣き出しそうな先生。
「ほら、いくぞ」
先生の手を取って、立たせ、店内へと連れ立って歩く。
「いらっしゃいませー」
店の入口を通り抜け、先生の手を離し、受付の歓迎を受けて
「す、すんません!この野暮ったくてダサいおっさんをかっこいい大人の男に変身させてやってください!!!!」
間違いない渾身のオーダー。見ろ、受付も美容師も、客もみんな注目してるぜ。
「あの、お名前を書いてお待ちください」
そんなはずも無く。受付の人が表情も変えず、当然のように言った。
詰まるところ俺も緊張してたんだ。
だから仕方ないだろ、美容室に来たの久しぶりなんだよ。
つーか、姉ちゃんが居なくなってから髪切ってねえし。
「ぷっ。あいつ恥ずかしいやつ」
憐れな俺を指さして吹き出した立花。しかも笑いを殺しきれてないムカつく顔のおまけ付き。
な、殴りてえ……こいつの為に注文してやった。
なのになんでこいつは俺を指さして笑ってやがる?自分の立場を理解していないようだ。
「……帰る」
先生に制裁を加えたいわけではない。いや、制裁を加えたい気持ちはある。
ただ、それよりも顔が熱い。恥ずかしさで心がいっぱいいっぱいだ。
「ま、待て、お前に置いていかれたら俺は」
先生の話を聞かずに、麗奈の手を掴んで美容室の出入り口へと向かう。
予言させてもらう。俺がこの店に来ることは二度とない。
「な、なぁ、待ってくれ、1人にしないで」
「外で待ってっから。終わったら服を買いに行くぞ」
泣き言を言う先生をパシャリと切り捨て店から出た。
「あれ?春日君?」
店から出たところで人とぶつかりそうになった。
げっ、この前助けたナンパ女こと、理事長の孫だ。
「人違いだ。つーか生徒は外出禁止だぞ。理事長の話聞いてなかったの?」
自分の事は棚に上げて軽く煽ってみたら、ナンパ女はわざとらしく頬を膨らませた。
「わかってるじゃん。そういうのは可愛くないぞーっ」
「名前も知らねえし。なら知らない人だ」
「むう。言わせてくれなかったくせに……!」
「仲良くなったらいけない危険な匂いがしたんだよ」
「私がミステリアスな雰囲気を漂わせてる峰不二子みたいってこと?お姉さんの色香に惑わされそうだった?ふふん」
ナンパ女は腰を突き出し、片方の手を頭に当て、もう片方の手を腰に当てた。
セクシーポーズのつもりだろうか。
「あっ、お姉さんキャラは間に合ってますので」
それに対して俺は、後ろでやり取りを伺っていた麗奈を前に出した。
お姉さん気取りで俺にピーチクパーチク言ってくるのはこいつだけで十分だ。
その麗奈は誇らしげに腰に手を当て、ドヤ顔でナンパ女を見下している。
「おおー!秋山先輩だ!めっちゃ綺麗!ドヤ顔可愛い!!!」
憧れの先輩にキラキラとした視線を向けるナンパ女。
そんな安い言葉で麗奈を懐柔できると思ったら大間違いだ。
そいつはお姉さん気取りでお前の立ち位置を奪わんとする、言わば敵だ。憮然とした態度で頼むぞ。
『悠太!聞いた?お姉さん可愛いって( ノ∀`)タハー』
琥珀さん並にちょろいじゃねえか。心無しかちょっと顔赤いし。
「秋山先輩って近くで見ると本当綺麗ですよね!足も長いですし!全てのバランスが整ってるっていうか」




