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悔しさを押し殺し、アイスに口を付ける。
美味い。案外コーヒー味もいける。
もっと苦味が強いのかと思ってたけど、そうでも無い。
子供も食べるからそれはそうか。仄かな甘みが疲れた体に染み渡るぜ。
「兄貴コーヒー味美味いですね」
ぬっ、と伏見さんが寄ってきた。手には俺と同じ色のアイスが握られている。
「伏見さんもコーヒー味にしたんすか」
つうか伏見さんアイスとか食うんだ。
筋肉隆々な黒スーツにサングラスのおっさんとアイスの組み合わせは似合わないというか。
逆に似合うものってなんだ?骨付き肉とか?
「ここは俺も買う流れかと、似合わないですよね」
サングラスの隙間から除く瞳がギョロっと動いて、俺を見下ろしている。
こえーよ。俺がその辺の子供だったら泣き出すところだ。
「似合わないっすね」
思った事を率直に告げると、あからさまに肩を落とした。
「やはり、見た目って大事なんですかね」
「別に、好きなもん食ったらいいんじゃないっすか?俺もアイスは嫌いじゃねえし」
男らしい俺こそ、The・アイスの似合わない男だろう。
そもそもアイスが似合う男ってどんなのだ?雪兄みたいな爽やかイケメン?白い歯を見せて笑う雪兄の手にアイス。
――うん、似合いすぎる。
「大変申し上げにくいのですが、悠太さん……その」
「なんすか?」
「悠太さんとアイスの組み合わせは大変可愛らしいかと」
「なんだと!?この俺が!?」
思わず声を荒らげちまった。
「……はい」
「……ちくしょう――伏見さんもゴリラがアイス持ってるみたいっすよ」
お互いに傷つけあいつつ、同じ味のアイスを食らう。
――――――――
「悠太さん」
「なんすか?」
アイスを食べ終わったと同時に名前を呼ばれた。
何より神妙な面持ちの伏見さん。髭にアイス着いてっけど。
「ちょっと内緒話をしたいので」
手招きされた。沙織さんがアイツらを引き止めて――なるほど。
顔をよせて伏見さんの声に耳を傾ける。
「親父のことなんですけど」
組長に関わる事で伏せて言わなきゃいけない程の要件。なんだ?
「大変申し上げにくいのですが悠太さん、親父には気をつけてください」
「どうしてですか?」
娘の話しになると周りが見えなくなる以外は、口が悪くてうざい普通のおっさんだと思うんだが……。
あれ?良いところ無くね?いや、おっさんは娘思いで……えっと……娘思いだな!とても!
「うちの組はお嬢のお戻りまでどうだったか、ご存知ですよね」
山本組の事情はある程度知ってる。沙織さんからも聞いてるし。
「あの、静香の両親に金貸ししてた奴を野放しにしてた件すか?」
「ええ」
「あんなの、ヤクザなら良くあることでしょ。払えないなら家族の誰かが〜って」
ドラマの知識だけど。
重ねて言うならそれを許せなくて乗り込んだわけだけど。
「そうでも無いんですよ。あるにはあるんですけど、俺が知る限りこの組はそうじゃなかった……少なくともお嬢が組にいた時は辛うじて」
「沙織さんはお母さんが無くなった頃から、おっさんは変わったってきいてるけど、元はどんな人だったんすか?」
「元は1本筋の通った方でいやした。悠太さんみたいに、曲がった事はしない、男の中の男でした。姐さんが亡くなってから親父は勢力を拡大することに力を入れ始めた。お嬢の言う変化はそれかと」
「勢力の拡大ねえ、組の存続に関わることだから力を入れるのも分からないこともないっすね」
「それがごろつきを手当り次第だったとしても?」
「抗争準備だったとか?」
「いえ、抗争を仕掛けて来そうな組は確かにありやしたが、表だって喧嘩をしかけて来るような組はありやせんでした。でも、親父は組に入れた若い衆に何かをさせるわけでもなく、カリスマ性で押さえつけて大人しくさせてやした」




