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「もがもがふが」
「誰が喋っていいって言いました〜?」
沙織さんが笑う。
引き金に置いた指を動かす素振りを何度か見せる。その度におっさんが怯え、肩を震わせる。
ほんとこの人ドSだよな。
「知ってて呼び出して。それを私に黙っていて、何様のつもりですか?」
あなたのお父様で、山本組の組長です。
おはじきを口に突っ込まれていて喋る事の出来ないおっさんは、あなたのお父様です。
「答えられないんですか〜?じゃあそんな口はいりませんよね?」
沙織さんが細い指に、力を込め、引き金のセーフティゾーンをジリジリと縮めていく。
「まへ!さおぃ!!」
「誰が喋っていいって言いましたー?最初からおかしいと思ったんですよ〜。私の友達に会いたいなんて、仕事にしか興味が無い貴方が言います?」
動物園に行った時に聞いたな。沙織さんのお母さんが亡くなった頃から、見向きもし無くなったって。
歳をとって考え直した……可能性もある。
だとしても、俺が親父を許せないでいるように、沙織さんも、簡単に許せるはずが無い。
心の傷ついた、幼く多感な時期の沙織さんをほっぽって。
1番傍に居なければ行けなかった筈のおっさんを……簡単に割り切れるほど人間の心は簡単じゃねえだろ。
それでも
「沙織さん。おはじきを突っ込んだままじゃ話せないっすよ」
もし、解ける誤解があるなら、解いておいた方がいい。
自分の事は棚に上げておこう。
「喋らせる必要なんてないですから〜」
まあ、自分を出し抜くような真似をしたおっさんを喋らせる必要も無い。俺を殴ろうともしたし。
「でも、理由くらいは聞いて見たくないすか?」
「ん〜。まあ、事と次第によっては破門しますけど、最後に喋らせてやりますか〜」
最後だってよ!殺す気満々じゃん!ヤクザとして殺すか、ヤクザ失格として殺すか。おっさん!選択を間違えるなよ!
殺されないように頑張ってくれ!
おっさんの命はぶっちゃけどうでもいいけど、沙織さんが人を殺してるところなんて見たくないからな。
「じゃあ喋っていいですよ」
「おげぇ!!!」
鬼だ。口からおはじきを引き抜く前に、喉奥に銃身を突っ込みやがった。
「おげぇ?それが辞世の句……ということでよろしいですか〜?」
何とも情けない辞世の句だ。
これで死んだら誰にも語り継がれる事はねえな。むしろ俺がおっさんだったら語り継いで欲しくない。
「待て沙織!!私は沙織を騙すつもりなんてなかったんだ!」
「ほほう。一応聞いてあげましょう」
最後なので、と付け足して、おはじきをおっさんのこめかみに突きつけた。
どうあっても殺すつもりらしい。
「確証がなかったんだ。大和と灯さんとは高校卒業以来話したことないから!息子の名前も知らなかったんだ!!」
「だから知らなかったと、ふむ。じゃあその事に関しては小指で許しましょう」
「もっともらしい理由だったのに!?」
ツッコミを入れざるを得なかった。
「だって、この男。こんな口調で……自分の置かれている立場を理解してないようなので〜」
「……すみませんでした」
おっさんは綺麗な土下座を披露した。
親の威厳なんてあったもんじゃねえな。
「まぁいいです。続けて」
「沙織さんのお友達という事でお話して見たかったと言うのは本当なんです。ぐすん。まさかとは思ったのですが、本当に大和の」「大和さん」「大和さんの息子だとは」「ご子息」「……ご子息だとは思わなくてですね」
うわぁ……こんな大人にだけはなりたくねえな。
ちなみにご子息、と訂正させたのは俺だ。おっさんは俺の事を睨んだが、沙織さんがおはじきで、こめかみをつつくと素直になった。
「その、悠太さんの顔を見たら、2人のことを思い出して、ですね」「その媚びるような喋り方、やっぱり気持ち悪いので普通に戻してもらっていいですか〜?」




