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 みんなが出かけてしばらくがたった。

 やることがねえ。何かしたいとも思えねえ。


 麻波家のリビングでテレビをボーッと眺めてたら、既に十時を回っていた。


 腹、減ったな。

 財布の中身をみると1000円札が1枚。


 あまり外を出歩くと、涼夏に心配されそうだ。

 あいつが帰ってくるのは、昼過ぎだっけ。

 あまり何もしないでいると、思い出したくないことも思い出しちまう。




 ……コンビニでも行くか。


 テレビを消し、パーカーを羽織って玄関に向かう。

 鍵は蓮さんから鍵を預かっているので、問題無し。靴を履き外に出た。


 記憶を頼りに近所のコンビニに向かう。四年くらいじゃそんなに街並みも変わらない。

 この街はあの時のまま、まるで今の俺のよう。


 いや、変化が全くないと言えば嘘になる。一軒家が立っているあそこは、元々小さなタバコ屋があった。

 タバコ屋は駄菓子も売ってたから姉ちゃん達とよく来た思い出の場所の1つだった。


 姉ちゃん。会いたい。

 頭を振って歩き出す。会いたくてももう会えないんだ。

 この公園を突っ切った先にコンビニがある。


「……」


 公園は4年前に葉月姉ちゃんが亡くなった場所だ。

 姉ちゃんはここで俺たち姉弟を守って通り魔と戦って亡くなった。

 楽しい思い出も大きな悲しみの記憶で埋め尽くされて俺にとってはもう近寄りたくもない場所。

 公園を前に俺は足が動かなくなり、呼吸がしづらくなる。


 ふぅ。遠回りして行こう。5分も変わらない。何より中には近寄りたくない。



 公園を避けて回り道をしようと足を踏み出した。


「テメェシカトしてんじゃねぇぞおらぁ!」


 背中から男の怒声が聞こえてきた。俺じゃねえよな。

 すっと振り返ると公園の中心で、男女が揉めているように見える。女性の服装には見覚えがあった。


「涼夏の制服と一緒だ…」


 葉月姉ちゃんが通っていた高校……事件の日も姉ちゃんが着てた制服。

女性は恐怖からか声を上げることもできず、掴まれた腕を振り払おうと必死に抵抗している。


 姉ちゃんは戦った。勇敢に。俺と菜月姉ちゃんを逃がすために戦って亡くなった。


 大きくなったら結婚しようって言ってた癖に。


 男女の揉み合いが過去の光景をフラッシュバックさせた。


 胸が苦しい……あの日俺が姉ちゃんに公園に行こうなんて言わなければ。


「ぁぁあ!ちくしょう!!」


 思い出される当時の情景を掻き消すように、声を上げて頬を張る。 全力で公園の中央に向けて走り出す。

 俺が着く頃には激昂した男が、女性に拳を振り上げていた。


 後ろ髪を引かれる。今すぐ引き返したい。姉ちゃんが冷たくなった時の映像が頭の中で何度も繰り返す。


 幻覚だ。男はあの通り魔じゃなければヤッパも持ってねえ。


 地面を蹴って飛び込む。


「この場所でそんな事してんじゃねえ!!!」

「ぐっふぇえ!」

 全身全霊、溜めを十分に付けた右ストレート。

俺の拳を男の右頬に叩きつけた。男は女性の腕を掴んでいた手を離し、地面に頭を叩きつけた。


 駄目だ。気がすまねえ。このままじゃ気がすまねえんだよ。


「お前のせいで嫌な事思い出したじゃねえか!ああ!?」


 打ち付けた頭を抑え、身悶える男に馬乗りになる。続けざまに殴りつけた。


 殴る、ただただ殴る。力任せに殴りつける。

 「ぐは!ぶぇ!!やべでぐれぇ!」

 男が何か命乞いめいたことを言ってるけど止まらない。嫌な記憶を引っ張りだされて止まれるわけねえだろ。


 男はもう抵抗を止め、俺に殴られてもぐったりとしている。


 力の弱い女性に乱暴するような奴。生かして返しちゃダメだ。またやるに決まってる。

 このままトドメだ。首をへし折ってやろうと、拳を振り上げる。


「止めるんじゃねえよ」

 怒りのまま拳を振り下ろそうとした時、後ろから伸びてきた手に腕を掴まれた。


振り返るとさっきの女性が俺の腕にしがみついて無表情のまま涙を流し、必死に首を横に振っている。


「……ねえちゃん」


 ちくしょう、記憶の中の姉ちゃんと重なりやがる。

 この人、姉ちゃんに雰囲気が似てるのかも。

 そして何故か、俺が呟いた瞬間女性は一瞬動きを止めた。


「あんたも、ここは平日の昼間は人気がすくねえんだ。気をつけろよな」

 八つ当たりだって言うのは分かってる。


「…………」

 女性は無言で口をパクパクさせている。

 無言で女性の腕を振り払い、視線を動かして男が動かないことを確認した。


「俺はもう行く。あんたもさっさとここから逃げろ」

 それから立ち上がると、まだ収まらないフラッシュバックに耐えながら元来た道を歩き出す。


 こんな事なら外に出るんじゃなかった。


「頼む。離してくれ」


 公園から出るまでもう一歩。と言う所でもう一度女性に腕の袖を掴まれた。

 こっちは脂汗が、全身の悪寒が止まらないんだよ。


「…………!…………!」

 女性が何かを伝えようと口をパクパクさせている。


「あんた、もしかして声が出ないのか?」

 女性は首を縦に振った。

 可哀想だが、それに構うだけの余裕が今の俺には無い。しかし先程より弱々しく掴まれた腕を振り払うことができなかった。


「ちょっと……この公園にトラウマがあるから……外に出てからでいい?」


 女性が首を縦に振りる。先を歩くと、女性も後ろを着いてきて公園を出ることが出来た。

 公園のフェンスに撓垂れ掛かって深呼吸をする。

 女性は俺の隣で黙って俺が落ち着くのを待っていた。


「それで?俺に何か用?」


 質問をしたら女性はポケットからスマートフォンを取り出した。そして目にも止まらぬスピードでパチパチと画面を指で弾き、画面を見せてきた。


『私は秋山麗奈あきやま れいな助けてくれてありがとう』


 背中まで伸びた青い髪。顔立ちは美人で目はオレンジがかった黄色、だけど輝きがないというか、死んでるというか。

 端的に言うと闇が深そうだ。


「誰か知らないけど別に助けたわけじゃない。ムカついただけ」


 知らないって言った時にピクリと眉が動いた。

 何か気に障るようなことしか言ってねえけど、何に引っかかったんだろ。


『それでも私は助かった。女の子なのに強いんだね』


「俺は女じゃねえ。男だよ」


 無表情のまま、またスマホを操作する麗奈。


『冗談は言わなくていいよ』


「冗談でもなんでもねえよ、俺は悠太って名前で、男だ」


『本当に男の子……?』


「そうだよ、何の証拠も出せねえけど男だ」


 まさかここで男の勲章を見せる訳にもいかない。それじゃ公園で寝てる男と一緒だ。


『男の子なんだ。そっか』


 秋山さんは感慨にふけるように動かなくなった。

 しかし身長とか、体型とか、本当に葉月姉ちゃんに近い。

 髪の長さもこれくらいだっけ。顔の造形は違うけど、この人も相当な美人だ。


 葉月姉ちゃんはよく笑うし、表情がコロコロ変わる人だった。後よく喋る。だから秋山さんとは似ても似つかないはずなのに、雰囲気が似てると思う。


「話が終わったならそろそろ服から手を離してくれない?俺、帰りたいんだけど」


 これ以上ここに居ると男も起きてくるだろうし。


 秋山さんを冷たく突き放す。背を向けて帰ろうとしたがパーカーのフードを掴まれて、歩き出せなかった。


「んだよ、まだなんかあるのか?」


 首だけ振り返り、用を確認する。


『君もお姉さんと同じ悲しい目をしてる』


 無表情で聞いてくる。それが俺の癇に触った。


「だまれよ。一緒にすんな!初対面のあんたには関係無いだろ?」


『助けてくれた人が苦しそうにしてるから、力になりたい』


 助けた……ねえ。偶然居合わせて姉ちゃんに似てたから思わず手が出ただけ。じゃなきゃこんな所に来るわけが無い。


「俺はムカついたから、殴ったそれだけ。助けたつもりもない。もういいか?しつこいのは好きじゃない」


『……ごめんなさい。助けたつもりは無くても、さっき言った通りお姉ちゃんは君に助けられた、ありがとう』

 

 ーーお姉ちゃんは君に助けられたよ。ありがとね。


 尚も冷たく突き放すように言うと諦めたのか、やっと手を離してくれたので、素早く背を向ける。


 麗奈が口パクで何かを言っていたが、もう振り返らない。

 気分は最悪、動悸が治らないのはアドレナリンの分泌の所為にしておいたとしても、チラチラと脳内に過去の映像が蘇ってきやがる。

 

だから細かい口の動きまでは読み取れなかった。



だめだ…コンビニに行くのは、やめにして家に帰ろう。

休みたいという自分の意思に逆らい、体に鞭打って歩き出した。


やりすぎかもと思うけどトラウマ抉られたらこれくらいやりたくなるよね?よね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは! こちらでははじめまして! 秋山さんは本当に喋れないんですかね? となると今後もスマホで会話する感じになりそうですね。 面白かったので、ブクマさせていただきました!
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