93頁
「何言ってるのよ涼夏ぁ、これ子供の飲み物でしょぅ」
蓮さんが自分の足元に転がったビールの空き瓶を指差して言った。
「蓮さんそれ本物ですよ。つまり貴女は今酔っ払いよ」
姉ちゃんがビシッと酔っ払いを指差した。
自覚させて、これ以上飲まないように釘を刺すつもりなのだろうが、姉ちゃんも似たような物なのでぶっちゃね、俺にとって姉ちゃんの酒に関する言葉は説得力がない。
「そうだよ、お母さん。間違えちゃったの?」
「ふふふ、てへぺろっ。間違えちゃったっ」
涼夏が受け継いだあざとさを恥ずかしげもなく発揮して、頭をコツンと叩き、舌をぺろっと出す姿は、年齢を考えなければ可愛いと評価せざるを得ない。
「てへぺろじゃないよ!これ以上飲んだら駄目だよ!みんなに迷惑がかかるからね!」
「なによぉ。一滴でも飲んだら後はどんだけ飲んでも同じよ!あるだけ酒を持ってきなさい!」
「酒は飲んでも飲まれるなって教わらなかったの!?」
娘に怒られる母親。いつもはシャキッとしてるのになあ。
「……ん」
麗奈が水の入ったコップを持って戻ってきた。
これを飲んで少しでも酔いが覚めてくれると良いのだが……。
「ありがとう麗奈ちゃん、こえはおさけぇ?」
『うん。ささ、ぐいっと(*゜▽゜*)』
「一気いくわよお!」
麗奈の返事を見て、蓮さんがコップの中身を一気に飲み干した。
勿論中身は水のはずだから、何も問題はない。
「……」
様子がおかしい。完全に目が座ってる。
「ちょっとかりゃいあじがすりゅわれぇ」
呂律が回ってなさすぎて何を言っているかわからん。
「麗奈。何を飲ませた」
俺が問いかけると、キッチンに戻り何かを手に持って戻ってきた。その手に握られていたのは、水とは程遠い、日本酒。
まさかこいつ……。
『蓮さん。もう一杯』
無表情のまま日本酒を薦める麗奈は、ちょっと怖い。
「ありあとぉりぇいなたん」
とくとくとく、と小気味のいい音を奏でてグラスに注がれる日本酒。
涼夏も姉ちゃんも引いている。蓮さんにこの手を使うのは前人未到だ。
この後どうなるかなんて誰にも想像がつかない。
どうか、姉ちゃんの時のように安らかに眠ってくれる事を祈りつつ、こっそりと蓮さんの膝の上から脱出し、固唾を飲んで2人のやりとりを見守る。
誰も麗奈を止めないのは、中途半端に酔ったままだとレベル5の蓮さんに、この会ごと潰されかねないからだ。
毒を持って毒を制す。と言う言葉があるように酒を持って酔っ払いを制す麗奈の目論みに俺たちは乗ったのだ。
最悪、麗奈ならそこまでこっぴどく怒られることも無いだろう。これは善意でやったのだから。
2杯、3杯、4杯と軽快な様子で飲み干していく蓮さんだったが、5杯目で更なる異変が起きた。
へべれけ状態の癖して徐に立ち上がると、フラフラとした足取りで部屋の角にポツンと置かれた大きなクマのぬいぐるみの方へと歩いて行った。
ぬいぐるみの前でしゃがみ込むと、その大きな巨体に埋もれるように抱きついた。
「ふふ、ふふふゆうらくんこんなにおおきくなっれぇ」
嘘言うな。身長で言ったら悲しいかな、そのクマ俺と同じくらいだろうが。
「ゆうらくんは本当かわいいわねぇ」
クマのぬいぐるみを本気で俺と認識して絡んでいる分には無害なので
「よし。飯にしようぜ」
「そうだねっ!わたしお腹すいちゃったよ!」
『お姉さんも(´∀`*)』
「いいのかな……ほっといて」
「じゃあ姉ちゃんはあれに付き合うか?」
「うん、ご飯にしましょ!お姉ちゃんも今日いっぱい準備したからお腹すいちゃったー!」
一同納得の上で放っておくことにした。
酔っ払いの相手は誰だって嫌だよな。うん。