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少し遅めの昼食を取って帰路に着いている。
一旦寝て元気になった涼夏が沙織さんとBL談義に花を咲かせたりしていた。
悠雪、悠伏、悠立。聞くだけでも悍ましい組み合わせを聞かされ続け、俺はげっそりだ。
涼夏がそっちの道に染まってしまってしまって俺は悲しいよ……。
時折り話を振られて相槌を打つ伏見さんはどんな気持ちでこの話を聞いていたのだろうか。
少なくとも俺は二度と聞きたくない。表現するならこの世の地獄だ。
そんな地獄の空間を車酔いを避けてスマホを使っての会話をしない麗奈が俺の頬を突いたり悪戯をしてくるのを交わしていたら、いつの間にか車窓から見える景色見知った物に変わっていた。
「つきやした」
伏見さんが言った。
ゆったりと車が停車して見えているのは愛しの我が家。出来るならこのまま、ふかふかの布団にダイブして眠りたい衝動に駆られているが、これからが今日のメインイベントだ。
「今日はありがとうございましたっ!」
天真爛漫な笑顔でお礼を言って車を降りる涼夏に俺達は目を見合わせてニヤリと笑う。
姉ちゃんにラインで、目標は家の前だ。シスター、準備は出来ているか?と送ると直ぐに、任せろブラザー。宴の準備は既に済んでいる。とノリノリで返ってきた。
さぁ、いつまでその笑顔を保っていられるかな?
これから始まる宴でお前の笑顔が間抜けな泣き顔に変わるのが楽しみで仕方がないぜ。
「涼夏。渡したいものがあるからうちに寄って行ってくれ」
上手く俺の家へと誘導しなくてはいけない、自宅の方へ足を進めていく涼夏を呼び止めた。
「んー?渡したいものってなぁに?」
そうきたか、ここで喜ばせてはサプライズの意味がなくなるから上手く嘘を吐かないと。
少しの間考えて、俺が出した答えはこれだ。
「……麗奈、何だっけ?」
まごう事なき他人任せ。
ここにきて俺の下手な嘘でバレたら俺たちがしてきた今日の努力が水の泡だ。
なら最初から大応力の高い人間に任せてしまえばいい。これに関してはいつも通りな気がするが、気のせいだ。
視線の先にいる麗奈は涼夏にはわからない程度にガックリと肩を落としてため息を吐くと、スマホに文字を打ち込み始めた。
『確かお姉ちゃんが渡したいものがあるって言ってたよ(*゜∀゜*)』
右から左に受け流す。俺たちの常套手段だ。
敢えてこの場には居ない姉ちゃんの名前を出す事によってなんの疑いも持たす事なく、この変なところで勘のいい涼夏を誘導できる、流石だ麗奈。お前がNo. 1だ。
「悠くんが渡したいものがあるって言ってたのに変なのっ。まあ悠くんはアホだから仕方ないね!」
アホにアホと言われた事も血涙を流して受け入れよう、今日俺の身に降りかかった不幸と比べたら小さい犠牲だ。
「……そういうことだ。俺達はお前が戻ってくるの待ってるからお前は姉ちゃんから物を受け取って。ついでに姉ちゃんを呼んできてくれ」
「およ?まだ何処か行くの?」
「今日は日曜日だからお前んちで夕飯を食べる日だろ?」
「そっか!じゃあなっちゃん呼んでくるねー!」
そう言って涼夏は玄関へと小走りで駆けて行った。
パーフェクトだ、自分で自分を褒めてあげたい。
涼夏が玄関ドアに手をついて開いた、と同時に炸裂音が響き渡り色とりどりの紙屑とテープが宙を舞う。
「んにゃあ!」
びっくりした涼夏がピョンと飛び跳ねた。
中にいる姉ちゃん達とアイコンタクトをして一呼吸。せーの。
「「涼夏!誕生日おめでとう!!」」
驚いた猫のように背筋を伸ばしたまま固まり直立している幼馴染の元へと歩を進め、肩に手を置く。
さあ、どんな間抜けな面をしているか拝んでやろう。
「驚いただろ、サプライズだ!」
横から涼夏の顔を覗き込むと、びっくりどころか泣き顔どころか、クツクツと笑い声を押し殺して、してやったりのにやけ顔、あれ?思ってたのと違う。