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長かった動物園での遊びを終え、外に出た俺達は再び黒塗りの高級車に乗って園内に別れを告げると、遅めの昼食を取りに移動している最中なのだが、遊び疲れた麗奈と涼夏が寝ている為、車内は比較的静かになっている。
真ん中に座る俺の肩に2人の頭が乗っかっている為、地味に重い。こいつら押し返しても戻ってくるんだよな。
「悠太くん、今回の相手は君達は関わらない方が良いかもしれませんよ」
山本さんがぽつり呟いた。
窓の外を見てるからルームミラー越しにも表情は見えない。
「良いとこだけ掻っ攫おうとしてもダメだからな」
「そう言うつもりじゃありません。なんせ女性に手を上げるような相手です、追い詰められたら何するかわかりませんよ?」
沙織さんが言いたいのは俺個人の話ではなく、俺の周囲のことだろう。
それは俺も心配していたところだ。相手の悪事が悪事なだけにみんなが殺気立ってやる気になるのはわかる。
黙って雪兄と2人で行くっていう手もあるが、それを行えばしこたま叱られるに違いない、どうしたものか。
俺達は三人でチームだ、とは言ったものの実際荒事に足を踏み入れれば力のない麗奈は足手まといになりかねない。
「今回の件。元々高校生が首突っ込んで良い話じゃねえしなあ」
「情報だけ貰ったら私の方で片付けますけど」
「それは駄目だ。神田さんに俺が助けるって約束したからな」
間髪いれずに否定した。
「約束……ですか。悠太くんにとって約束ってなんですか?」
「麗奈お姉さんの教え。いついかなる時でも、約束は必ず守り通すこと、これ破ると麗奈と一緒に居られなくなるんで」
「悠太君の口から葉月さんの教え以外が飛び出すなんて意外ですねえ。」
「すぐ、逃げたくなっちゃうからな。何をするにも理由付けが必要なんだ」
「そんなこと言って逃げる気なんて毛頭ない癖に。そうですねえ、約束は大事ですけど、あまり囚われすぎて雁字搦めにならないように気をつけてくださいねえ」
「雁字搦め?」
「約束に縛られすぎて大切な場面で動けなくなったりしないように。ということです」
確かに、約束というのはある種の枷に近いだろう。現に捨て身で挑む事は禁止されている。
「大丈夫。俺は俺のやり方で、約束を突き通す。正攻法なんてクソ喰らえだ。ずる賢いくらいが丁度良い」
そうだ。やり方が汚かろうがなんだろうが、最終的に勝てば問題はない。
幸いこんな俺に協力してくれる人達もいる訳だし。
「私は君ほど真っ直ぐな子も居ないと思いますけどね」
「信念というか。教えだけは真っ直ぐ突き通すって決めてるからな。それが姉ちゃんの生きた証でもある」
「そういうところ、本当シスコンですよね〜。私も悠太くんみたいな弟欲しかったです……そうだ、一回だけで良いので私の事沙織お姉ちゃんて呼んでみてくれませんか〜?」
沙織さんの口調が急に間延びしたものに戻った、どうやらこれで真剣な話は終わりのようだ。
「呼ばないよ。俺の姉ちゃんは菜月姉ちゃんと葉月姉ちゃんだけだ」
「流石幼少期はお姉さん達と結婚するって宣言してただけはありますねえ〜。でもほら、大人を動かすには対価と言うものが必要な訳で。後はわかりますよね?」
どうせあの姉が言ったんだな……姉ちゃんめ、余計なことを言いやがって。
誰彼構わずそう言う話をするなって今度釘を刺しておこう。
「協力を申し出てきたのは沙織さんだと思うけど」
「ふふふ、でも。居ないと困りますよねえ〜」
足元を見られてる。確かに今回やけに張り切っている麗奈を守る人が必要だ。その役を伏見さんにお願いしようとは思っていたんだが……。
だがこの人を姉呼びし、万が一気に入られたが最後。しばらくは姉呼びを強要されそうだ。
これだけお世話になっているのだからそれぐらい答えてやってもいいか?だけど恥ずかしい。




