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「この可愛く吠えてる犬達が?」
犬の方を指差す。すると柵越えを図り飛び上がった1匹の犬が俺の人差し指に目掛けて飛びついて来た。
それを伏見さんが両手で抱え込むようにキャッチした。
「おいコラワン公、この方は将来うちを背負って立つお方。その御人の指を詰めようたぁ良い度胸じゃねえか……」
「ちょ、ちょっとお客様……」
サングラス越しの瞳が犬のように変わり、犬を本気で脅している伏見さんと、それを止めようとする
伏見さんが抱き上げた犬を筆頭に皆尻尾を丸め、剥き出しにしていた歯は口を閉じて悲しそうに口角が下がっており一斉に下を向き怯えた様子を見せている。
野生の本能でやばいやつを嗅ぎ分けたんだろうな……って事は俺は犬に舐められていたのか?
「可哀想っすよ。こんなに怯えてる。ほらこっちこい」
「わん!」
手を開いて犬の方へ向けてやると、伏見さんの手から飛び移ってきた。
「んっとと、意外と重い」
こんな小さいのに重量はそれなりにあるんだな、毛がもふもふしてて柔らかい。
「くぅーん」
「よしよし、怖かったな」
元気がなくなり、すっかり大人しくなった犬の頭を撫でてやると、機嫌を良くしたのか頭を俺の胸に擦り付けて来た。
小さな手足でよじよじと俺の顔に近づいてくる、一体何をする気だ。
「おお、可愛いじゃねえかって顔は舐めるな。化粧が落ちちまう」
腕を使って犬を胸の位置まで降ろす。
男なのに何故か女性みたいな発言をする自分に少し違和感を感じて仕方がない。
だが、ここで化粧が剥がれ落ちて、飼育員さんに女装した変態野郎のレッテルを貼られるよりはマシだ。
「悠太さん。上手くこいつを手懐けましたね」
うるせえ、今その名前で俺を呼ぶな、女装がバレるだろうが。
「あなたが脅すからでしょうに」
「いやいや。最終的に手懐けられればそれは悠太さんの実力です。流石悠太さん。若頭筆頭候補ですよ」
持ち上げられて嬉しくないこともない。
ふふん、と鼻を鳴らして腕の中で大人している犬を愛でる。
「おじロリも、ありかもしれませんね」
「うん、沙織さん。私もそう思った」
「……」
なんの事だと後ろを振り向くと、やたらキラキラした目でこちらを見ているやばい奴らと目があった。
「お名前ゆうらさんって言うんですねー!金髪碧眼でお人形さんみたいな見た目とマッチしてて可愛いっ」
なるほど、人間と言うのは見た目の印象が先に来て、後から聞いたものが例え男の名前だとしても、脳が勝手に都合の良い聞き間違いをしてくれるらしい。
「飼育員の方。この方は、ゆ!う!た!さんです。お間違えのないようにお願いしやす」
「ひぃい!ごめんなさい!男の子だとは思わなくてぇえ!」
飼育員さんに顔を寄せると、グラサンを少しずらしてそう言った。
この人本当余計なことしかしないなー!たはー!
頭引っ叩いてやろうか!
「カタギの方に何をしてるんですかね〜伏見?私の思い出を血に染める気ですか〜?」
飼育員さんと見つめ合う伏見さんに手を振り上げた時、沙織さんがツカツカと歩いて来て、おはじきを伏見さんの後頭部にゴリゴリと押し付けた。
最近登場回数が多くありませんか?それ。最早貴女の定番となりつつありますけど。
「お、お嬢……すいやせん」
脂汗で濡れた額をスーツの袖で拭った。
「それって……本物ですか……?」
飼育員さんがへたり込み、心底引き攣った顔で携帯を取り出した。警察に通報する気なんだろうな。
白昼堂々おはじきを取り出して見せたのだから当たり前だ。
「いいえ〜これは玩具ですよ〜」
ヘラヘラと返す沙織さんに言うまでもなく飼育員さんの疑念は晴れていないようで、スマホを操作する指が止まっていない。……背に腹はかえられん、しょうがない。
「沙織さん!記念撮影しようぜ!犬に触ったの初めてだから写真撮りてえ!」