80頁
くそ、この話題で勝てる相手はこの場には居ない。
むしろ知り合いに俺と同じ身長、または俺より低い身長の人間はいない……救いはないのか!!
「悠太くんはそのままで良いんですよ〜むしろその身長が良いです!低身長の金髪男の娘!これ以上何を求めますか!?」
言葉の後半になるにつれて、むっはー!と鼻息を荒げ、頬を紅潮させ始めた。
「おい、麗奈、涼夏。いくぞ」
俺達は顔を見合わせ、示しを合わせたように頷き合って、妄想暴走モードに入った沙織さんを置いて歩き始めた。
俺達が数メートル進むと伏見さんも後をついてきた。
後方では、マイワールドを作り上げた沙織さんが悠×雪がどうの、伏×悠もどうのと聞いているこっちが恥ずかしくなるような内容を1人で叫んでいる。
「あれ、そのままでいいんすか?」
振り返らずに後ろを差し、伏見さんに問いかける。
この人は沙織さんの付き人だよな。
「今日はカタギのお客さんもいらっしゃらないようなのでご迷惑をおかけすることもないでしょう」
意外にドライなのか、それともあの状態の沙織さんには本能で近づいてはいけないと悟っているのか。まあ、後者だろうな。
「次は何の動物が見れるんだろうねーっ」
慣れたもので、涼夏は沙織さんを置いてきたことを全くと言って良いほど気にしていないようだ。
「園内マップを貰っておいたので、見ますか?」
「ありがとーございます伏見さん!やー!流石できる男ですね!」
懐から園内マップを取り出してみせると、喜ぶ涼夏にそれを手渡した。
いつの間に園内マップを回収したのだろうか、俺が見ていた限りではそんな素振りは一切見ていない。
「ふんふん」
涼夏が意気揚々と園内マップを広げて次のエリアを確認している。
そして、瞳だけで斜め上を見て、口の端を三日月のように変形させた。
これは悪い事を思いついた時の顔だ。
「次はお猿さんのエリアだよ!これなら悠くんでも勝てるね!」
「ぶっ殺す」
「悠太さん抑えて、抑えて!」
無言で頭がくっつきそうな程涼夏に顔を寄せる俺を伏見さんが俺を羽交い締めにして止めた。
俺がこいつに手をあげるはずがない、姉ちゃんの教えがあるからな……。
こんなのは幼馴染同士のちょっとした冗談なのだ。
「きゃーっ麗奈さんたっけてー!」
身動きの取れない俺から遠ざかり、麗奈の背に隠れる涼夏を、更に麗奈が前に引っ張り出してスマホを構えた。
『涼夏はやり過ぎた。罪には罰を、これはお姉ちゃんが言ってました(*´∀`*)』
「なっ!麗奈さんの裏切り者ー!」
「でかしたぞ麗奈ちゃん。伏見さん、俺はあいつに罰を与えないといけない。だから離してください」
「手荒なのは駄目ですよ」
「安心してください。女性に手をあげてはいけないってのが姉ちゃんの教えなので」
ふむ、と納得したのか、直ぐに解放された。
指をワキワキと動かしながら涼夏へと手を伸ばす。
俺と共に葉月姉ちゃんに悪戯をした罰としてプロレス技で固められたのち、くすぐりを受けた後魂が抜けたかのように脱殻になっていた。
こいつはくすぐりにトラウマを持っている程、くすぐりが苦手だ。
「人が人に罰を与えるというのかーっ!うがー!」
と言いつつ抵抗する力は優しい。麗奈相手だから手加減してるんだろう。
少しずつ、少しずつ手を伸ばす。
「やったらセクハラだよ!訴えるよ!」
「証言する人間がいるかな?客もいねえし。仮にいたとして、この服装を見てみろ。女が女をくすぐってるのを見て誰が俺を取り押さえるんだ?」
麗奈と伏見さんに助けを求める視線を送るが、麗奈はどちらかというとワクワクした雰囲気で力を緩めようとしない。
伏見さんは腕を後ろで組んでこちらに背を向けている、涼夏を辱めないように気を使った紳士の構えだ。
「年貢の納め時だ。覚悟しろよ」
「待ってよー!外ではやめてよー!」
数十センチ、数センチと涼夏の脇腹に手を近づけていく。