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「い、いいっすよ」
…………不幸だ。
俺もあっちの伏見さんがいる席に行きたい……。
店員さんを呼び、料理を頼んで数十分。
次から次へと運ばれてくる料理の数々に周りが驚愕の表情を浮かべている。
あれはテレビの撮影かのぉ、別嬪さんばかりじゃし。
あらおじいさん、私より若い女がいいの?
あの子が全部食べるのかな?等の言葉が聞こえて来る。
テーブルに、五品目の皿がことっと置かれると涼夏は満面の笑みを浮かべて箸を握った。
一応、理性は残っているのか、全員の料理が運ばれて来るのを待つ気で居るようだ。
箸を持つ手がうずうずと小刻みに揺れている。
「涼夏ちゃん。冷めてしまうので先に食べてください〜」
「いっただっきまーす!!」
気を使った沙織さんが声をかけるや否や、元気よく手を合わせて料理を吸い込み始めた。
料理を食べると言う表現に、吸い込むと言うのは不適切。かもしれないが、涼夏の場合はこれが一番合う。
「そう言えば。雪人くんから聞きましたけど〜来週やるんですよね〜」
「雪兄は口が軽いなあ。沙織さんには言っておこうと思ったからいいけど。来週かはわからない……正直親父の報告次第かな」
沙織さんも何を、とは言わない。ので俺も言わない。
「お父さんに連絡を取ったんですか!?」
そりゃ驚くよな。家庭の事情を知ってるし。
「人1人助けられるならプライドなんて安いもんだよ、人助けの為ならどんな手でも使え。葉月姉ちゃんの教えだよ」
「そうですよ〜。お父さんの事はどうでも良いですけど。私の事はもっと頼ってくれても良いですよ〜」
「うっす」
短く返す、前々から沙織さんの事は充分頼らせてもらっている、寧ろ寄り掛かりすぎているとまで思っている。
「今回のも、手を貸しますよ〜」
「いや、今回は俺たちでなんとかするよ、沙織さんには焼肉屋で大迷惑かけたし」
「何今更遠慮してるんですか〜。あの時の事、気にしてるんですか?」
当たり前だ。あの時程自分の無力さを噛み締めた事はない。
散々ぱら内藤兄弟を痛めつけた俺たちの代わりに責任を取り、兄弟を送り届けた沙織さんの身に何かあったらと思うと気が気じゃなかった。
「良いんですよ。あちらも私の事は知っていたので。牽制しあって大人のやり取りで解決してきましたから〜」
大人のやり取りとは、金銭のことだろう。それも決して安くない金額であるのは間違いない。
「いくら払った?」
「悠太君はそんなこと気にしなくていいんですよ。こないだも言いましたけど先行投資ですから〜それに……」
含みを持たせるように一旦口を結んだ。
軽く俯いて野暮ったい眼鏡を外すと、いつもの沙織さんからは考えられない沙織さんの裏の顔、薄いルージュの塗られた艶やかな口元を吊り上げ、切長の目を見開いた、獰猛な笑み。
これを見るのは3回目だ、雪兄め、全部喋ったな。
「今回の件に噛ませてくれたらその分も回収しますので……いや寧ろもっとふっかける。女性に卑怯な事する親子なんか生かしちゃおけねえ」
震えるほど、力強く拳を握りしめた。
その意見に涼夏と麗奈も賛同し、黙って頷く。
涼夏は小さなお口いっぱいに食べ物が詰まっているから。
「よ、よろしくお願いします」
山本沙織さんの放つ、有無を言わさぬオーラに、少し吃りつつも受け入れてしまう。
ゲームに出てくる魔王みたいだよなこの人、なんで勇者みたいな琥珀さんと気が合うのかわからない。
ゆったりと眼鏡をかけ直す、きっとこれが彼女の裏表の切り替えスイッチなのだろう。
「じゃあ、決定ですね〜組員も連れて行くので、徹底的にやりましょ〜」
とは言っても裏と表を切り替えようが言ってる事は怖いのだが……。
「お待たせしましたーチョコパンケーキとイチゴのパンケーキです」
俺たちの間で漂う凍てつくほど張り詰めた空気をぶち壊したのは、料理を持ってやって来た店員さんだった。