16頁
「あぁ、しないよ」
「偉いっ、流石私の弟だね」
隣に座る姉ちゃんが頭を撫でてきた。
昨日に引き続き、子供扱いをするのはやめて欲しい。
姉ちゃんとの間には四年間の空白があるから仕方ないか。
「そろそろ着替えてきたら?私の部屋使っていいから」
涼夏がちょっと不貞腐れ気味に言ってくる。
そうだな、学校に行くならそろそろ着替えて出発しないと間に合わなくなる。
席から立ち上がりリビングを出ようと歩き出そうとする。その前に
「ありがとう涼夏、部屋借りるな」
「ふにゃあ!」
涼夏の頭を撫でて置いた。
一階のリビングを挟んで反対側にある、涼夏の部屋に入ると、懐かしさを感じると共に、昨日抱きしめられた時にかおってきた、涼夏の甘い匂いを思い出す。
あいつ胸無いけど、抱きしめられた時、良い匂いしたし、柔らかかったな……。
いかんいかん、無心だ、無心にならねば。
と思いながらもベットの上に置いてある物に気がついた。
学校の女生徒用の制服だ。
ごくりと息を呑む。
変態的な意味では決してない。断じてそうではない。これを着ると葉月姉ちゃんに似るんだよな……。
魔がさしたんだ。
姿見の前に立ち、手に取った上着を体の前に当てる。
おお、葉月姉ちゃんだ。
がチャリと人生の終わりを告げる音が聞こえ、バン!と冥界の扉が開け放たれた。
「悠くーん!お母さんがネクタイわす…お邪魔しましたー!」
涼夏は信じられない物を見たように、目をぱちくりさせた。
そしてネクタイを投げつけると、勢いよく扉を閉めて去って行った…
あああ、いや、匂いを嗅いでいたとかではないし、説明すればわかってくれるだろう。
そう思いながらも涙が溢れそうな俺だった……。
言い訳、考えておこう。
――――――――
着替えを終わらせ、リビングに戻る。
リビングでは涼夏は赤面した顔を俯かせて立っていた。
カバンを持っている。俺を待って登校しようとしていたのだろう。
「涼夏が顔真っ赤にして戻ってきたけど、何かしたの?」
知っていたら確実にいじってくるであろう姉に、黙っていてくれた事を感謝しつつも、せっかく黙っていてくれたんだ。
「裸を見られただけだ……」
平然と嘘をつく、これなら不可抗力で通るだろ。
「えー!涼夏だけずるい!」
どうしてそうなった?
「私だって弟の成長確認してないのに!最後に一緒にお風呂入った時の四年前で止まっているのに!」
普通はそうだ、いや、むしろ12歳で姉とお風呂(強制)はおかしい。
「決めました!今日は一緒にお風呂に入るからね!約束だからね!」
などと馬鹿な事を言う姉には付き合いきれん。
「おい、涼夏、馬鹿姉はほっといてもう行こうぜ、遅刻しちまう、蓮さん行ってきます」
「ふええ!」
赤面して俯いたまま涼夏の手を握った。涼夏は焦った声をあげたが構わずリビングを出る。
「まだ話は終わってないよ!ちゃんと約束しなさーい!」
「行ってらっしゃい、車に気をつけてね」
わーすか騒いでる姉ちゃんとは対照的に、優しく送り出してくれた蓮さんに感謝しながら家を出た。
「ゆ、悠くん、手…」
「わ、わりい」
家から握りっぱなしだった手を慌てて離す。
今はまだ出会っていないが、同じ高校の奴に見られたら勘違いされちまうもんな。
まあ、こいつも女の子って事だ。昔は俺が手を引かれて連れ回されてたのに。
「ううん、謝ることないよ…」
家を出てからも様子のおかしな涼夏は、続けてボソボソと聞こえないくらいの声量で何かを呟いている。
「後ね、さっきの可愛かったよ…」
違う、そうじゃない。
「あれは違う!姉ちゃんに似てるって言われて魔がさしたんだ!」
「そっか…女の子になりたかった訳じゃないんだね…?」
「着ることすら拒否してただろうが!」
「あははー!安心したよ!悠×雪が成立しちゃうんじゃないかって不安だったんだー!」
山本さんか!?山本さんが悪いのか!!
出会って一日しか経ってないのに俺も涼夏も毒されたもんだ……。