52頁
「ほら、そんなとこで寝てないで立てよ」
「もう、誰の所為よ、罰として起き上がらせて」
駄々っ子のように手を伸ばして罰を要求する美鈴。
しょうがない、そのまま玄関に寝て居られると近所の目を引くので、美鈴の手を取って起き上がらせてやると、抵抗せずに立ち上がった。
「ほら服も砂だらけじゃねえか」
折角着てきて私服に砂埃がついているので軽く払ってやる。
「あらありがとう。悠太くん以外の男だったら引っ叩いてるところね」
しまった。つい涼夏にするようにしてしまった。
「悪かった。女の子だもんな」
「私の事が男に見えたなら、その綺麗な目を抉り出すところだわ」
こえーよ、誰もそんな事言ってないだろ。
山本さんよりはレベルの低い妄想者だけど猟奇的レベルで言ったらこっちのが格段に怖い。
「まあとりあえず一旦入れよ、おっと半径1メートル以内に近づくなよ。身の危険を感じる」
「なっ!私は涼夏一筋よ!さっきのはほら、気の迷いよ!悠太くんなんて襲うわけないじゃない!涼夏を悲しませてばかりなんだから!もぐわよ!」
まるで危険な動物を扱うかのような俺の態度に文句たらたらな美鈴を家の中へと招き入れる。
下手したらトラや、ライオンばりに怖いぞこいつは、初めて会ったときにいきなり拉致された上で襲われたからな。
「麗奈さんお邪魔します。今日も綺麗です」
ここは俺の家だ。俺にも言えよ。
『ふふっ、悠太とお揃いにしちゃった(*´꒳`*)似合う?』
「ええ、二人とも可愛くてつい我を忘れてしまいました。麗奈さん足長いからそういう格好似合いますね」
『お世辞いっても何も出ないよーっ\(//∇//)\でも、ありがとうね』
「お世辞じゃないですよーっ悠太くんもそう思うわよね」
「おう、さっきも褒めたけどめちゃくちゃ似合ってるよ」
硬く動かない麗奈の口角が微かに上がった。
おそらくこれから先暫くは、プライベートで寝る前までこのショートパンツを履き続けることだろう。
一度褒められると嬉しくなって、同じ服を着続ける子供のような習性を持っている。
その為前回ワンピースを褒めた時はずっとそのワンピースを着てた。ファッションに興味無いなりに嬉しいのだろう。
『美鈴ちゃんも今日の動きやすそうな格好似合ってるよ(*^^*)』
「ありがとうございます!お気に入りの服なんです!」
そのお気に入りの服で地面を這いつくばってたのか。少し申し訳ない気もする。
セミロングの髪はいつも通り、ゆったりタイプのズボンに、ノースリーブのシャツを着ている。一見味気ないように見えるが、スタイルの良い美鈴には似合っている。
「悠太くん、どう?似合ってる?」
「馬子にも衣装ってやつだな。似合ってるぞ」
「なんですって?」
俺が憎まれ口を吐いて三秒後の事だ、俺の顔面をが暖かくて柔らかい何かが覆った。
「ふぁんだ?いだいいだいいだい!」
柔らかい筈なのにギリギリと、万力のように締まっていく。
「悠太くん、なんて言ったのかな?」
「美鈴ふぁんはぎょうもずでぎでずうううう!」
「よろしい」
万力が止まって離れた。痛えよ……こめかみが痛え……。
『今のは君が悪いよ、君に対する態度が悪くても美鈴ちゃんは女の子なんだから。ほら謝って?』
それで言ったら山本さんや神田さんを変態と呼ぶのも失礼に値する、いや、あの2人は女の『子』では無いからいいのか?
「悪かった美鈴」
「いいわよ。別に」
口を尖らせてそっぽを向いている。
お年頃の女の子は気にもしていない男の評価ですら気になってしまうものなんだろうな。
「なんだ、その似合ってるぞ……美鈴もスタイル良いからな」
ポリポリと頬をかきながら臭い事を言う俺。
「なっ!スタイルがいいってあなた私のことをどんな目で見てるのよこの変態!」
胸を隠すように自分を抱き、引き気味に吊り上がった口から出てきたのは罵倒。
貶すと痛みによる制裁、褒めると精神攻撃。俺は一体どうしたらいいんだろうか。
「勘違いだ。それより話が進まないから、そろそろリビングに行かないか?」
「そうね。でも忘れないことね!いくら悠太くんが私の事を変な目で見てようと私の体も心も涼夏のものよ!」
「そ、そうか。わかった。じゃあリビング行こうな」
リビングに移動し、ソファーに座る。俺の左隣にはいつも通り麗奈が座った。
普通なら反対側に座るであろう美鈴がなんと右隣へ。
「反対側に行けよ。一列じゃ話しづらいだろ」
「いやよ。あなたの視界に入ったら最後、脳内で服まで脱がされそう!」
溜息を零す。何もそこまで言わなくてもいいじゃ無いか。
「勘違いだっての。まあいいや、出掛け前に話し合っておきたい事がある。もちろん涼夏に贈るプレゼントの事だが……俺もいい物を選んでやりたい。だから他の人が贈ろうとしてる物を知ってる範囲で教えてほしい。人と被るのも避けたいからな」
「悠太くんにしては殊勝な心がけね。良いわよ、静香と海がぬいぐるみ。唯は参考書。私は髪留めを贈ろうと思ってる」
ぐぬぬ、一気に選択肢を狭められた気がする。
ぬいぐるみは俺も考えたんだけどな、あいつそういうの好きだし。