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「雪兄、唾が飛ぶ」
「わ、悪い……じゃなくて、お前、不審者にヤクザ、大企業の社長なんて葉月でも手を出さなかったんだぞ?お前は一体どこを目指してるんだ」
どうやっても話しは逸らせないか。俺も涼夏が1人で何かしようとしてたなら気になって夜も眠れないだろうし、似たようなものか。
「別に、女性に手を挙げる奴は許すなって葉月姉ちゃんの教えを守ってるだけだよ。そんな大層なものになりたい訳じゃない。ただ、この町で2度とあんな事件に発展するような事は起こさせたくない。それだけ」
「確かに葉月はそう言った教えを残したかも知れない。お前の気持ちもわかる。だが規模を考えろ規模を…明らか高校生のお前達には荷が重すぎる」
ほれ見ろ、説明しても小言ばかりだ、荷が重いからやるな。相手が悪いからやるな。雪兄ってそんな腰抜けだったっけ。
雪兄の言葉はさっきから手を引け、そう言われているようでならない
「なら」
俺は鍋を混ぜる手を止め、ゆっくりと顔を横に向ける。
雪兄も手を止めたままさっきからこちらを見ていたようで視線が重なった。
「姉ちゃんに言って俺を止めるか?神田さんは、いつかまた社長が目の前に出てくるかもって怯えながら暮らしていくのか?涼夏や麗奈もあの時のナンパ野郎と鉢合わせしたらどうする?悪いけど俺はそんな事になったらその時動かなかった自分を許せねえ、何も考えず迷わず刺しにいくだろうよ」
犯罪者にしたくなきゃ止めるな。と暗に告げる俺に対して、雪兄は黙って言葉を考えているようだ。
目線は逸らさず雪兄を見据えたまま、次の言葉を待つ。
もし、これで止められるようなら軽蔑だ。でも、俺の兄貴分を名乗る人物が今更こんな事でビビるわけがない。
多分のってくるはずだ。
「落ち着けよ。俺もそんな奴は許せねえ。だから俺も連れてけ。それなら重い荷も少しは軽くなるだろ?」
よし、かかった!強力な味方が出来たぞ。
「良いのか?」
「俺はお前たちのお兄ちゃんだからな。お前たちに危険な事があれば悲しむ人が居る。だから手を貸すぞ。」
白い歯を見せ、ニカッとイケメンスマイルを決めて、調理に戻ったので、俺も鍋に向き直る。
「それにしても、お前が帰ってきてくれたようで俺は嬉しいぞ」
トントンと包丁を一定の速度で動かし、玉ねぎを刻みながら言った。
「まだまだ、怖い物だらけだよ。男性恐怖症だって治ってねえし。涼夏や麗奈がいないと日常生活もままならない」
俺たちの話がひと段落ついたのを確認して、仲睦まじく、テレビを見ている2人を遠目に見る。
例によって男女に分かれてやる体育だって保健室で自習をさせて貰っているし、トイレは職員用のトイレを使わせて貰っていて人が来ないように涼夏が見張ってくれている。
学校外だと麗奈は俺の側にずっとついていてくれる。
今の俺は誰かのサポート無しに生きる事が非常に困難になっていた。
「トラウマは簡単に拭えない、そこじゃないんだ。俺が言いたいのは……そうだな。人助けって言ったら良いのかな。昔のお前は誰彼構わず困ってる人を助けようとする優しい奴だった」
葉月姉ちゃんの真似事をしていただけだ。
それは優しさじゃない。
「来る前のお前は目の合うやつと喧嘩ばかりで手がつけられなかったって菜月から聞いてた。あまりにも酷かったら俺が叩き直そうと思ってたんだけどな!けどうちに飯を食いにきたあの日、お前の目には悲しみしか映ってなかった」
独り言のようにペラペラと話し続ける雪兄。
「今のお前には、目の前にいる相手がちゃんと映ってるみたいだから。安心したぞ。だからやりたい事は全力でやれ。失敗したらそん時は、大人の俺が責任取ってやるからな!はっはっは!」
やっぱ雪兄はかっこいい。昔から俺がこうなりたいと憧れていた、理想の男性像のままだ。
俺もいつか後輩や、年下と関わる時同じことを言ってやれるようになりたいな。
「ところで悠太。その鍋いつまで煮込むつもりだ?」
話に夢中で無意識のうちに混ぜ続けていた鍋が元の色より大分色濃くなったのも相まって地獄の釜茹での如くグツグツと音を立てている。
おかしいな、八宝菜ってこんな色になったっけ。
「あぁ……失敗だ……雪兄、子供が失敗した。」
「早速責任取れってか?まあいいや。そもそも俺が料理をしにきたんだ。お前もあっちに座って涼夏たちと大人しくしとけ」
戦力外通告だ。麗奈は無表情だけど涼夏が笑いながら2人で俺を手招きしている。
ちくしょう……料理の勘を取り戻そうと思って一緒にやらせて貰ったのに不甲斐ねえ。
「雪兄、後は任せた」
「おう!お兄ちゃんに任せとけ!」
これ以上料理を台無しにしないよう。雪兄に頼んで、俺もリビングへと移動することにした。
「悠くんやらかしたー!あははっ」
うるせえ、今度俺たち3人の時に俺が1人で料理して目に物見せてやる。良い意味か悪い意味かは、その時次第だ。