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教室では、麗奈と涼夏が俺を待って居たようで、いち早く俺に気が付いた麗奈が、ツカツカとこちらに歩み寄ってきた。遅れて涼夏も。
『スマホ』
「スマホ?」
『開いて』
怒り気味の麗奈に言われ制服のポケットに入れているスマホを開くと、表示された画面にはラインの通知が19件。
どれも麗奈からだ。
ホームルーム終わったよ、迎えに行くねヾ(๑╹◡╹)ノ"
どこいるのー?(о´∀`о)
美鈴ちゃんに拉致されたって聞いたけど平気なの?(^◇^;)
悠太ー?(*゜▽゜*)
そこからは、約束の文字が2分毎に淡々と続いている。
ホームルーム終了直後に拉致されたからサイレントマナーを外していなかったわけで、気づかなかった。
「麗奈さん……私が無理やり連れ出したので悠太くんは悪くないです……私には前科もあるので、ごめんなさい」
『誰も悪くないのはわかってる。けど美鈴ちゃんは黙ってて』
見かねた美鈴が助け舟を出してくれたが、怒れる麗奈の一言で引き下がってしまった。
涼夏なんて麗奈の剣幕?に最初から口を挟むことなく少し離れてニヤニヤしながら見物人を決め込んでいる。見てるなら助けろよ。
「待て、麗奈。これにはわけが……いててててっ」
麗奈が片手で俺の頬を摘み、ぎゅっと上に引っ張った。
『お姉さんは怒っています』
無表情の麗奈だが、この態度を見ればそれくらい言われなくても分かる。
「痛い!がめんって!」
『君は放課後教室で私を待つと約束したのにそれを破りました。』
それくらいでなんだ、と思うかもしれないが、麗奈との間に交わす約束という言葉は命よりも重い、この言葉を言ったら最後麗奈は俺の元を去ってしまうだろう。
それに俺は約束を守る男になりたい、そう決めている。
「………………」
なので黙って麗奈の次の言葉を待つことにした。
『わかったならいい。謝ったから今回は許す』
頬から麗奈の手が離れ、解放された頬にはじんじんとした痛みが残る。
「悪かった、約束は約束だ」
『いいよ。無理矢理連れて行かれたのは涼夏から聞いた。でも約束守ってくれなくて拗ねちゃった。ほっぺたつねっちゃってごめんね(>人<;)』
とても頑固で意地らしい麗奈ではあるが、こうやって素直に心のうちを教えてくれる。
「気にすんな。約束は何がなんでも守るものだもんな」
心配そうに俺の頬を見る麗奈の頭を撫で、自分の席に置き去りにされた鞄を手に取る。
「お詫びとしてはなんだが帰りにアイスでも食うか?」
『うん(๑˃̵ᴗ˂̵)』
「私もー!」
「美鈴も行くだろ?」
「私もいいの?」
「あるぇ?私はー?」
「おう、美鈴も友達だからな。いいぞ」
「あれー?私透明になっちゃったのかな?」
涼夏を無視して話を進めて行く。当の本人は自分が見えなくなったのでは、と思っているのか俺の目の前でピョンピョンと飛び跳ねている。
見物人を決め込んでいたささやかな罰だ。
それにしてもクレイジーストーカーである美鈴まで涼夏の事を無視しているなんてな。あ、いや、こいつ涼夏がぴょんぴょん飛び跳ねてるのを見て悦に浸っているだけだ、その証拠に口元がだらしなく緩んでいる。
「むー…うりゃ!」
「うっっ!」
擬音をつけるとしたらゴスッ。涼夏が跳ねるのをやめ、存在証明を諦めたのかと思われた次の瞬間、俺の腹を目掛けて飛び込んできやがった。
勿論涼夏と自分の体重を支え切れるはずもなく。教室の床に二人して倒れ込む。
「暑苦しいぞ、離せ」
「なんだぁ、見えてるじゃーん!せっかく透明人間に慣れたかと思ったのにぃ!」
「アホか、そんなのなってどうすんだよ」
それはなれたとしてなりたいものなのだろうか。好きなことを好きなだけやり放題、それはわかる。でも夏休みの1ヶ月だけでも好きな事をしていたら飽きるのと一緒で、それにはきっと飽きが来る。
そうなった時に孤独に耐え切れるのだろうか。話せば言葉は通じるが相手からは自分を視認できない。
ここに来る前までの俺なら耐えることは出来たと思う。だけど、こうやってむちゃくちゃな奴らに囲まれている今、透明になったとしたら俺は、耐えきれないと思う。人間強度が下がっちまったな。全く。
「難しい顔してるね。自分が透明人間になったらとか考えてたの??」
「ああ」
「もしかして、着替えとかお風呂とか覗きとかやりたい放題だなって考えてたの!?変態っ」
「だからアホかって、もし、それをやりたかったとしてもそんなん毎日やってりゃ飽きが来るだろ?そうなった時誰も俺の事を見ることができないんだぞ?……それってすげえ辛いよなって思っただけだ」
涼夏が口籠る。多分考えている事は同じだろう。
透明人間の話を幽霊に結びつけて考えると、葉月姉ちゃんは今も、孤独を味わっているんじゃないか……。
胸の奥がちくりと痛む。
『大丈夫。私が透明人間になっても君の隣にはお姉さんが居る。君が透明人間になってもお姉さんが隣にいる。約束だから(´∀`*)涼夏もそうでしょ?』