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翌日が姉ちゃんの命日だったんだよな。その日だけは姉ちゃんの墓に毎年行っているので無理にでも退院する必要があったのだ。
「……もっとちゃんとお礼が言いたかったのに……グスッ、こんな、プリクラ機の中で、思い出さなくてもいいじゃ無い」
確かに、こんな騒々しい場所で思い出すなんて、風情も何もあったもんじゃない。
「残念だが、俺は涼夏曰くデリカシーに欠ける、麗奈曰く女心がわかっていないらしい。つまりそういう事だ」
唯がハンカチを取り出して涙を拭い、笑って
「あっはははは!あなたらしいわね。私を泣き止ませる為に言ったのでしょうけど、デート中に他の女の子の名前を出すのもデリカシーにかける要員の一つよ」
中々辛口の評価だ。それでも唯が泣き止んでくれてよかった。
「うるせぇやい。生憎俺は泣き叫ぶ女子供を励ませるような言葉、持ち合わせちゃいないんだよ」
「あっ」
プイと唯から顔を背け、モニターの決定ボタンを押す。
唯が声を上げるが中途半端に落書きされたプリクラがプリントアウトされ、それを手に取って眺める。
どっからどう見ても美少女の俺が驚き顔で美女2人にキスをされているそれを一枚剥がし、唯のおでこに貼る。
「つうか、黒髪に変わってるんだもん。金髪ならまだしも、思い出せるはずが無いだろ」
「あなたが金髪なんてやめて真面目に生きろ、あんたは綺麗なんだから着飾る必要なんてない。って言ったんじゃない、忘れたとは言わせないわよ」
「…記憶に混濁が……」
目覚めたばかりの意識がはっきりしない中でそんな事を言った気がする。いや人間の記憶ってのは都合良く作り替えられると言う、だからきっとこれは作られた記憶だ。うん。
「あなたねえ……まあ良いわよ。これで思い出したんでしょう?私を助けてくれてありがとう。あの時から私はずっと春日くんの事を考えて生きてきたの。ええ、この気持ちは好きってことね」
照れ臭いのか、赤く染まった頬を掻きながら唯が思いを伝えてくれた。
ここではっきり答えていいものか。非常に悩む。
「唯……俺は」
しばらく間を空けてぽつりと呟くように声を出した俺の唇を唯が人差し指で塞いだ。この先は言うなと言うことだろう。
「今のあなたの気持ちは分かっているわ。麗奈さんにも手を出して居ないようだし。不良を自称する癖に誠実な人間だと言うことくらいわかるわ。だから今あなたの口から出る言葉の続きを聞きたくない」
「……わかった」
「それとも、もう一度ここで私を盛大に泣かしたいのかしら?女の子の泣き顔を見ると性的興奮を覚えるタイプなら、それは私だけにしておきなさい。私なら受け入れてあげるわ」
「そんなわけねえだろ。俺はどちらかと言うと悪い人間だけど、女を泣かす奴は許さねえ。葉月姉ちゃんの教えだからな」
『それなら君は葉月お姉ちゃんに会ったらボコボコにされるね(*゜▽゜*)』
俺たちのシリアスな空気に黙って待っていた麗奈が俺の背中に抱きつき、スマホを顔の前に持ってきた。
「何を言ってるんだ。俺は女を泣かしてなんていないぞ」
『涼夏、菜月お姉ちゃん、静香ちゃん、唯ちゃん、琥珀、私』
名を挙げられた6人に見に覚えがある……。
良い雰囲気になりかけてホッと安心したのも束の間、涼しい店内で汗が吹き出して来やがった。
「お2人でなんの話をしてるのかしら?」
可愛らしく首を傾げ、唯がスマホの文字を見ようと接近してきたので、それを軽く押し返す。
「なんでもねえよ。そろそろ腹減ったな」
「そうね、映画を見てから大分時間が経ったもの」
スマホを取り出して時間を確認する。
「18時、飯でも行こうぜ。唯は平気か?」
「ええ。うちは両親が共働きだから夕食はいつも1人なの」
いつもの夕食の風景を思い出しているのだろう。下を見て寂しそうな表情を浮かべた。
そう言えば、涼夏の家に泊まる時も即決だったな。
「じゃあ今日の晩御飯はパパが娘2人にご馳走しちゃうぞ、ついてこい!」
唯の頭を手を乗せ、綺麗に整えられた髪をわしゃわしゃと無造作に撫で、1人一歩踏み出す。
「あ、麗奈。肩貸して……」
カッコつかないものである。ちくしょう。
――――――――――――――――
ご馳走しちゃうぞ、と張り切った物の、お高いお店に高校生だけで入るのは、いかがなものかと思った俺たちは、リーズナブルなお値段が売りのファミレスへと入った。
今日はいっぱい歩いて、足が疲れていたのでまずは俺が先に座らせてもらった。
その前を無理やり横切り、麗奈が奥に座り、俺を押して唯が手前に座った。
4人がけのテーブルに、3人一列に並んで座るという非効率っぷりを発揮している。
「女子2人でそっち座れば良いじゃん。せめーよ」
メニュー表を開き3人で見ながら、愚痴を吐く。
巡ろうとするたびにちょっと待ってとどちらかの手が伸びてきて止められる為、非常にやり辛い。
「良いじゃない。それに今日は3人とも女子なのだから問題ないでしょう?」
「問題大ありだ。麗奈が左利きだから肘がぶつかるんだよ」
『じゃあ、お姉さんだけあっちいこうか?(;_;)』
無表情なのに、仲間外れにしてしまうようでその文章を見せられるだけで心が痛い。
「いや、このままでいいぞ。俺が悪かった」
「最初からそう言えばいいの。私はナス入りミートスパゲッティにしようかしら」
「よし、お前が向こうに行けば解決だ」
『お姉さんはチキングリルにする(*゜▽゜*)あ、でも小エビのサラダも食べてみたい……』