12頁
12
涼夏に手を引かれて、麻波家のリビングに連れてこられた。連れてこられたのは良いものの、涼夏は俺に背を向けたままもじもじしている。
「えへへ、お外じゃ、ちょっと恥ずかしいから」
握り拳を作って決心したように言いながら、振り向いた涼夏の顔は真っ赤だ。
「……っ!何すんだ!」
「泣きたいなら私の胸で泣けばいいよ!!美少女に抱きしめられて嬉しいでしょ!」
おちゃらけた涼夏に抱きしめられた。
優しさが辛い、姉ちゃんを見捨てて逃げた俺に、こんな事してもらう価値なんてあるのか?
「…やめろっ俺にそんな…価値なんてない」
涼夏の腕を振り払おうとするが、びくともしない。
「価値がないなんて言わないで、私も悲しくなっちゃうよ…」
抱きしめられる力が強くなり、涼夏から聞こえる心音はドクドクと速いテンポで鼓動を続けている。
「私は、何があっても悠くんの味方で居るから…話してくれないかな」
「俺は、姉ちゃんを見捨てて逃げたんだ」
「見捨てた?」
「あぁ、葉月姉ちゃんを失ったあの日から、親父は姉ちゃんと俺を責め続けた……俺は、それが嫌で家に帰らない事で1人、逃げたんだよ」
「うん」
「俺は姉ちゃんに一人で背負わせたんだ…だから、俺は人に優しくされる価値なんてないんだよ…」
痛い程に体が締め付けられる。
「……悠くんは悪くない」
「悪くないなんて……お前に俺の何がわかるんだよ!」
何とか顔だけをあげて涼夏を見ると、眉を八の字にして、綺麗な瞳からは涙が溢れている。
その涙が涼夏の頬をつたい、俺の額を濡らした。
「分かるよ。幼馴染だもん。悠くんは自分の心を守っただけだよ。大体、逃げることの何が悪いの?私だって嫌なことから逃げることくらいあるよ?」
「逃げちゃいけない時もある」
「うるさい黙れ!言い訳ばかり!うじうじいうなっ!」
――――――――――!!!
「って葉月お姉ちゃんなら言っただろーねっ。ふふっ悠くんが逃げちゃダメだって思うなら、これからは逃げなければいいんだよ」
「……これから?」
「そうだよ。過去は変えられないけど、これからは悠くんの行動次第だよ。私も見てて上げるから頑張ってみよ?」
「……なんで、4年も、音沙汰なかった、のに。そんな優しく……するんだよ」
涼夏がスゥっと息を大きく吸って、いつもとは違うぎこちない笑顔を浮かべた。
「ばか、昼間も言ったけど大事な幼馴染、だからだよ…」
と言われた瞬間に勝手に涙が溢れてきた。
「そんな…理由かよ…」
「大事な人を助けたい…それ以上の理由が必要…?何回も同じこと言わせないでよ……」
「…涼夏」
葉月姉ちゃんも守れず、菜月姉ちゃんも守れず、落ちぶれた俺に底なしの優しさを向けてくれる涼夏や姉ちゃん達…。
このまま流されて甘え続けてもいいのだろうか。
「情けなくて…ごめん…」
「バカ、悠くんは…今も昔もかっこいいよ…みんなのヒーローだよ」
「昔は…ともかく、今はかっこよくなんて…」
「今は…心が弱ってるだけだよ、根っこの部分は変わってない!」
ヒーロー…か、すぐには無理かもしれない、でも覚悟を決めよう。
「4年間も引きずっておいて1日で…心変わりなんておかしな話かもしれない…………でも、俺変わりたいよ」
「うん」
小さく相槌をうち、涼夏の優しい手が俺の頭を撫でてくれる。
先程から拭えぬ不安感が消え、底知れぬ安心感が芽生える。
「今の俺には、何にもない……それでも、みんなを幸せにしたいよ」
「涼夏をって言ってくれたらパーフェクトだけど……今はいっか、頑張ってね、悠くん」
「それって……」
締め付けられていた腕が緩み、ゆっくりと涼夏の顔が近づいて来る、頬は真っ赤に染められ、先程まで涙で濡れていた瞳は潤んでいて艶やかだ。
昔はチビで可愛いと思っていたが、幼馴染の心の成長具合に動揺してしまった俺は体を動かす事ができない。
もう少しで唇と唇がふれてしまいそうだ。
「ただいま〜って、あらあらあらあら」
この家の大黒柱、蓮さんの登場でびっくりした俺たちは、お互いを振り払うように離れた。
「おおおお母さん!」
先に正気に戻った涼夏が口を開く。
「意外とすぐ終わったから帰って来てみれば……後は若い2人で楽しんで〜おばさんは先になっちゃんのとこ行ってるから〜」
と言ってニヤニヤしながら出て行ってしまったので、リビングには憤慨する涼夏と、痛みはあれど女性とキスをしそうになり、挙動不審になった俺達が残された。
き、気まずい……。
「ゆ、悠くん…ごめんね!その場の雰囲気と言いますか!何と言いますか!勝手にききききキスしようとしてごめんなさい!私口封じしてくる!」
そう俺に一方的に言い放ち、母を追いかけるようにして出て行った幼馴染の背中を無言で見送ることしかできなかった。