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「なあ、今日はどの映画見るんだ?」
事前情報は映画館で映画を見ると言う情報しか貰っていない。
張り出されている上映時間を見るにこれから見れるのは、ホラー、恋愛物、プイキュア……どれも嫌だな。
特にホラー、俺は昔から幽霊の類が苦手だ。
きっかけは涼夏だ、真夏の夜中にこっそり家を駆け出し、肝試しと称して無理矢理連れて行かれた森で俺達は、大変恐ろしく、それでいて不思議な体験をした。
それからと言うもの、俺はホラーには一切触れる事なく生きてきた。
恋愛物なんて作り物で何が面白いのかわからんから無しだ。
姉ちゃんと涼夏がたまに見て感動に涙している所を、性格の悪い俺は内容すら確認する事なく若干馬鹿にした目で見ている。
プイキュアはデート向けではないので論外。
なんだ、見るものないじゃん。まあ、ホラー以外ならなんでも良いか。
「今日はこれを見るわよ」
そう言って唯が指を刺したのは、恋愛物の映画のポスターだ。
ホッと胸を撫で下ろす。ホラーじゃなくてよかった。
「なんでそんな安心したような顔をしてるの?」
「…………なんだ、その、ホラーが死ぬ程苦手でな。それじゃなくて良かったって事で」
『ホラー苦手なの?可愛いね(๑>◡<๑)』
可愛いかどうかはさておき、本当に良かった。
「金髪ヤンキーなのに可愛いとこあるわね、どうしてホラー苦手なの?そこまで毛嫌いするなら相当な理由がありそうなものだけど」
「昔怖い目にあったって言えば良いのかな、詳細は映画見終わった後にでも話すよ」
「わかったわ、じゃあ入りましょ。映画が始まってしまうわ」
唯に続くようにして映画館に入る。空調設備の行き届いた館内は外とは違って涼しい。
約束のデートなのでチケットを買う際、俺が払うと申し出てみたのだが「気持ちは嬉しいのだけど、学生同士のデートだから割り勘が普通でしょ」と比較的常識的な言葉で論破され払わせて貰えなかった。
なので自分の分だけ払った。
麗奈もお小遣い制で姉ちゃんから毎月を貰っている。毎月一万円だ、親戚から貰っている生活費を合わせると麗奈の手元に毎月三万円の小遣いが入る。
親戚からの生活費の方は貯めておいて何かあった時に使うらしい、そもそも麗奈はそんなにお金を使う方ではないので、映画のチケットを買う際、いつもの無表情で『お姉さんも自分で払う!』と財布を出し、姉ちゃんから貰った一万円を嬉々として、映画館スタッフに差し出していた。
まるで我が子が初めてのお使いをしているようで可愛かった。
ただ姉ちゃんの教えの一つに、女の子とのデートの際はお金を出してあげる事と言うのがあるので、飲み物とポップコーンは俺が買わせて貰った。
「良いとこが空いてて良かったわね」
目的の映画が放映されるホールに入り、指定された席へと移動する、真正面のいい席だ。
この映画はあまり人気がないらしく、人も数人いるだけでガラガラだ。
まあ、放映時間までもう少しあるからもう少し増えるだろ。
「そうだな」
席に腰を落ち着かせ、返事を返す。座り順は俺を真ん中に両サイドに女子2人。
「さっきは怒ってたから忘れていたけど、今日の服装、とっても似合っていて可愛いわ」
「そりゃどうも」
全くもって嬉しくもない褒め言葉に、センスのいい涼夏と麗奈に付き合って買いに行ったからな、と口から出かけたが、引っ込める。
デート中に他の女の子の話をするほど野暮ではない。
『可愛いよね(*゜▽゜*)選んだ甲斐があったよ( ̄▽ ̄)』
「麗奈さんチョイスなのね、通りでセンスがいいわけだわ。悠太くん黙ってると本当女の子ね」
「これで見納めだからな、せいぜい楽しんでくれ」
「今日が終わったら女装にハマってたりして」
ないない。手を振って返す。
何か別の話題でも振るか。
「なあ、唯は映画とかよく見に来るのか?」
「こないわよ。最近は勉強と音楽を聞いてるかしら」
来ないのかよ。てことは今日の映画はまるっきりの気遣いか。
「勉強か。行きたい大学とかあるのか?」
「特にないわよ」
「じゃあなんで、勉強を進んでやるんだ?めんどくさいだろ?」
「その問いには今は答えないでおくわね。今日のデートの内容によっては話してあげてもいいわよ。ほら、映画が始まるからお静かに」
人差し指を薄い色のリップが塗られた唇の前へと持っていくと小悪魔的笑みを浮かべた。
「なんだそれ」
ミステリアスな唯に、1人言のような俺の呟きは、上映前のCMによってかき消された。
人増えて無いけど大丈夫かこの映画。寝てしまわないように気をつけないと。