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馬車に揺られながら王宮へと進む間、どうしても気になるのでユリウス様に尋ねてみる。
「どのような用件で私は呼ばれたのでしょうか?」
「さてな。しかし、父上が不在ということを分かった上で呼ばれたのだから、マーセル殿下がらみではないかと思う」
「マーセル殿下ですか? 先日のパーティーにもいらしてましたね」
「ああ、あの後すぐに視察に出たと聞いている。何か気になるものでも見つけられたのかもしれん」
「視察ですか。お忙しい方なのですね」
「俺と違って、将来統治するのは国だからな。即位すればそう簡単には地方には行けぬし、各領地や王家直轄地など見て回るところは多くある。陛下もこのぐらいの次期は忙しいとおっしゃられていた」
「そうですか」
さらりと言うユリウス様だが、陛下にそういったことを直接聞かれたみたいですし、やはり次期侯爵家当主というのはすごいのですね。マーセル殿下とも幼馴染と聞いておりますし。
「もうすぐ、王宮横につきます」
「分かった」
王城への門を越え、一般馬車では進めないエリアを通って、王城の奥にある王宮へと馬車が止まる。王族の生活エリアというだけあって、馬車を降りると近衛兵に連れられて案内される。彼らは鎧の一部に金が使われた専用の意匠なのですぐに分かった。そのまま、王宮の一室に連れていかれしばらく待った。
「おお、ユリウス。そしてアーシェだったな。よく来てくれた」
出迎えてくれたのはなんと国王陛下だった。
「これは陛下。お呼びということでユリウス、アーシェ両名参りました」
「うむ。ご苦労だった。して、今回呼んだ理由なのだがついてまいれ」
「はっ!」
そのまますぐに部屋を出て奥へと進んでいく。
「陛下、ここはマーセル殿下の……」
「そうだ。入るぞ!」
「ははっ」
部屋から返事がして私たちも入室する。護衛の騎士に会釈をして部屋を見渡す。そこはマーセル殿下個人の部屋なのだろう。大量の書物や調度品が置かれていた。中央にはテーブルや椅子もあり、奥が寝室に続いているらしきドアが見える。
「二人ともこちらだ」
陛下はそのままドアを開けて寝室へと進む。私などが入ってよいのだろうか?
「こ、これは……」
部屋に入るとユリウス様が驚いている。それもそのはずだ。陛下が会わせたかったであろうマーセル殿下はベッドに寝たままだったのだ。
「ひ、久しぶり、というほどでもないなユリウス」
「マーセル殿下、これは一体……」
「まだ宰相など一部のものしか知らんが、今回の視察で病にかかってしまってな。今、薬事省の担当を呼んでいるところだ。念のため、そこより向こうから空気が来ないように魔道具を使っておる」
陛下の言葉に床を見ると、マーセル殿下のベッドから私たちの立っている場所の間に一本の線が引かれていた。
「なぜ、私たちを?」
「王宮の専属医もまだ病が特定できておらん。せめて、ユリウスに会わせて気を紛らわせてやりたくてな」
「すまんな、ユリウス。面倒をかける」
「いえ、私で力になれるのなら」
あれ? ということは私は何のために呼ばれたのだろう。マーセル殿下とも本当にわずかしか会話もしていないし……。そう思ったけれど、王宮のメイドが来客を告げたので思考が中断された。
「薬事省より、シュバッテン子爵とランページ公爵が来られました」
「通せ」
先程陛下がおっしゃられていた、薬事省の担当者だと思われる方が着いたようだ。
「陛下、この度は緊急とのことで、ランページ、シュバッテン両名参上いたしました」
「うむ。早速で悪いが、先の視察に行ったマーセルが病にかかってな。貴殿らの意見を聞きたい」
「専属医殿は?」
「残念ながらあやつは分からなかった。まあ、普段より王都を出れぬ身。地方の病ともなれば仕方あるまい」
「では、症状の確認を。専属医殿が診られた診断書は?」
「これだ」
ベッドの手前に用意されたテーブルに全員集まり、資料を確認する。
「ふむ。発熱、嘔吐の症状あり。感染についてはまだ不明。食事は消化不良により衰弱の傾向有りですか」
「どうだ、分かるか?」
「これだけですぐには……。シュバッテン子爵はどうだ?」
「せめて感染した地方が分かればそこから絞れるかもしれません」
「感染地方はおそらくだが、王都直轄地であるメーデル地方とティべリウス領の境にある地方だ」
診断書に添えられていた簡易の地図を取り出し、陛下が言われる。あれこの地方、そしてこの症状の組み合わせは……。
「どうしたアーシェ?」
「い、いえ」
「ううむ。この地方ですか。確か数年前に一時的に流行った病がありましたな。シュバッテン子爵は覚えているか?」
「はっ。かなりの死亡率でしたが、急速に勢いが衰え沈静化しております」
「そうか。その病だとして薬は?」
「それが、確かあの病はその周辺の村や町で猛威を振るいましたが一月ほどで謎の薬が出回り、すぐに終息したためよくわかっていないのです」
「何とか作れんのか?」
「私がその薬の持ち主に心当たりがございます。すぐに入手して調べましょう」
「シュバッテン子爵、それには何日かかる?」
「少なくとも往復で四日。そこから、研究等を入れても一週間はかかるかと」
「あ、あの……少々よろしいでしょうか?」
「なんだお前は? 見ない顔だな」
「グレタ・シュトライト男爵令嬢の娘だ。彼女も優れた薬の知識を持っておる。お前ならよくわかるだろう?」
「か、彼女の!?」
「そうだ。それでアーシェ、どうしたのだ?」
「その病であれば恐らく私が薬を作れると思います」
「なに? でまかせではなかろうな! 陛下に気に入られようと嘘をついているのか」
「いえ、恐らくその病はザイン村にも広まったものです。それならば私が作れます」
「お前のような小娘がこの病を治す薬を作るだと! そんなことが出来るものか!」
ランページ公爵もシュバッテン子爵も薬事省としてのプライドか激昂して私に向き直る。しかし、それを陛下が手で制してくださった。
「アーシェよ、本当に作れるのか?」
「はい。これは母が最期に作った薬なんです」
「グレタが?」
「はい、陛下。当時、私も病にかかり母は感染することも厭わず、必死で看病をしながら薬を作ったのです。しかし、この薬は体力を必要としたので、徹夜続きで自らも感染してしまった母は……」
「そうであったか。グレタがな……」
「陛下は母をご存じなんですか?」
「うむ。彼女とは同い年でな。彼女は薬学に長けていて、在学中は薬学分野でのみ一度もトップを取れなかったのだ。王族には必須の科目であるだけに悔しかったぞ」
「そ、そうでしたか」
渋い顔をしておられるし、陛下は本当に悔しかったのだろう。しかし、王族に薬学が必須って……。
「だが、そんな彼女が薬事省に入らなかったのは残念だった。入っていればきっと良い成果を上げただろうし、今も元気にしていただろうにな」
「陛下、それより今は薬を」
「ランページ公爵、そうだな。マーセル、聞こえていただろう。お前の友はよい家族を持っている様だ」
「当然です。ユリウスとは長い付き合いですから」
「うむ。薬が出来るまで寝ておるがいい」
「はい」
「では、アーシェには早速、薬を調合してもらおう。専属医が使っている医局があるからそこを使うがよい。念のため近衛も付ける」
「はい! 精一杯やらせていただきます」
私は案内された医局で薬の材料を探す。するとすぐに一人の男性がやって来た。
「あなたがアーシェ様ですかな?」
「はい。そうですが……」
「私は王宮で専属医をしているバーナードだ。そなたは殿下の病を治す薬を作れると聞いている。材料の位置がわからぬだろうと陛下に言われてな。何でも言うがよい」
「そうでしたか、ではこちらを探して頂けますか?」
私は材料を書いた紙を渡す。専属医様は手際よく材料を取ってくれる。私は材料が揃ったところで材料を混ぜていった。
「それは苦いものだな。そちらは発汗作用が強いものか」
「そうです。こういった作用が強いものも使うので、本人の体力が肝心なんです。母が最初の分を、私がそれを元に何度も薬を作りましたが、子どもや高齢者の方は副作用に耐えられず、亡くなることもありました。本当はもっと安全なものが良いのですが、実験できるような環境もなく……」
「いや、村の薬師であればそのような余裕はないだろう。むしろ、このような組み合わせがあったのかと驚いているところだ。よほど腕の良い薬師だったのだろう」
「母は実験が好きでしたから、貴族だったのには驚きましたが」
「残念なことだ。亡くなられたこともだが、この薬を作る知識があれば薬事省でもかなりの地位になっただろうに」
「そう言っていただければ母も喜ぶと思います。……よし、あとはゆっくり加熱して抽出すれば完成です」
「君も手際がいいな。母に劣らずいい薬師になれるだろう。悪いがもう一度、作成の手順をゆっくりとやってくれないか。再びこの病が発生しないとも限らないのでね」
「はい。では最初から……」
私は再び手順を一から行うと、熱心にメモを取りながら専属医様も納得したご様子だった。
私たちが薬を作成している頃、マーセル殿下の部屋では……。
「それにしてもこうも薬事省が役に立たんとはな」
「申し訳ございません。陛下」
「ランパード公爵。貴公は世襲の責任者として体制を見直すがよい。そして、シュバッテン子爵」
「はっ!」
「実務を司るそなたがまさか、薬を取り寄せるなどと言う解決策を出すとはな。なぜ、研究をしておかなかった?」
「そ、それは、他の研究に従事しており、終息した病のためで……」
「ほう? そなたの就任後の研究成果と言えば、多少薬が飲みやすくなったのと、いくつかの薬を作ったのみだったと記憶しているが。シュトライト男爵家との婚約を蹴っておきながら、成果がそれだけとはな。こんなことなら婚約も王命を使うのであったわ」
「それに関してましては……」
「もうよい。近いうちに辞令が下るだろう」
「は、ははっ!」
今回の事態に対して責任の追及がなされていたのだった。