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「本当に私、大丈夫でしょうか?」
本番を前にすごく緊張してきた。なんといっても国王陛下も来られるのだ。今まで偉い人といえば、冒険者ギルドのマスターとしか会ったことのない私には雲の上の存在だ。もちろん、お父様たちは別だけど。
「ほら、緊張しないでアーシェ」
「リディ兄さまはそういうけれど、私は初めてのパーティーなんです」
「そうですわ、リディ様。アーシェ様のお気持ちも少しは考えてあげてくださいませ」
リディ兄さまの婚約者であるマイラ様に励まされ、何とか今日の予定を思い出す。
「最初に入場……それからお父様の挨拶で、陛下の挨拶。その後にダンスね」
「そうそう。一曲踊ってしまえば、後は立食パーティーになるから気にせずやればいいよ」
「きちんとダンスを踊ってからだがな」
「ユリウス様! 準備は終わられましたか?」
「アーシェ、お前こそ表情が硬い。それでは、来賓に失礼だ」
そういうユリウス様も硬い表情なのですけれど。この人の場合は黙っていても美丈夫に見えるからいいですよね。私は黙っていると、眉が少しつり上がるので絶対にその顔はしてはいけないと注意されました。
「おや、アーシェ。緊張しているようだね」
「お父様、お母様も。本日はよろしくお願いします」
「ふふっ、アーシェちゃんの晴れ舞台ですもの。頑張るわね」
「しかし、アーシェの顔が硬いね。ユリウス、何かアドバイスをしたらどうだ? パーティーは慣れているだろう?」
「ふむ。そうだな、アーシェ。会場にいるものはお菓子とでも思え」
「お菓子ですか?」
そういう考えは緊張をやらわげるということは聞いたことがある。
「そうそう。くどそうなお菓子に。別にあっさりとしたお菓子とかでもいいけどね」
「リディ様。お口が過ぎますわよ」
「王族の方もいらっしゃいますのにそんなことできません……」
「そうか。なら、王族方はよくできた彫像だと思え。どんなに美しい像があってもそこにいて緊張はしないだろう」
「へっ!?」
思わず変な声が出た。いくら何でも不敬ではないかしら? それともユリウス様なりの冗談なのかしら。
「ユリウスったら。殿下が聞けば何を言っているのかと言われますよ」
「マーセル殿下ならばお前の方が彫像だと返すでしょう」
「ふ、ふふっ……」
「アーシェ?」
「い、いえ。すみません。ユリウス様が真顔で言われるので……」
「変なことを言ったか? 恐らくそう返してくるはずだが?」
「や、やめてください。笑って化粧が落ちてしまいます」
真面目というかただ単に相手の反応を予想しただけなのだろうけれど、それがまたつぼに入ってしまい開始前だというのに、少し化粧が崩れてしまった。慌ててメイドたちが直してくれたので、開始には間に合ったけれど、頼むからもう言わないで欲しい。
「もう行くぞ。我々が最後だ」
「へ? もう時間ですか。はい、準備は大丈夫です」
気付けばすでに王族以外の方はみな入場していた。今日は私のデビュタントということで、私とそのエスコート役が最後の入場だ。普段であれば許されることではないけれど、デビュタントの時だけはその人が最後に入場する決まりなんだそうだ。
何でも昔、子爵家で開かれた際にとある侯爵家が最後に入ってきて、ドレスの完成度や所作で祝われるはずの令嬢が全く目立たなくなってしまい、それ以降はダンスの開始まで必ずメインになるようになったのだとか。
「それでは本日、デビューをするアーシェの入場です」
お父様が私を紹介すると私たちは会場に入っていく。会場に入ったとたん、多くの目線を感じる。それもユリウス様と視線を交互に見比べているみたいだ。まあ、これだけの美形が妹とはいえ、半年前まで市井で暮らしていた人間をエスコートするんだもの仕方ないわよね。
「あれが、養子になったという侯爵家のご令嬢……」
「見事な銀髪ですわね」
「ああ、当代もそうだが勝るとも劣らんぐらいだ」
「ユリウス様と並んで美しいな」
「何でも元冒険者で、魔力も多いらしい」
「ほう? それはそれは」
色んな会話が聞こえてくる。でも、思ったよりも好意的に受け止められているようだ。予定通り用意された場所にピタリと立って次を待つ。
「本日は我が娘、アーシェのためにお集まりいただき、ありがとうございます。養子に迎えた経緯は、書簡でもお送りした通り、皆様ご存じの通りでございます。どうか、これからよろしくお願いいたします」
お父様は陛下に向かって話をする。全体に呼び掛ける形だけど、今日は陛下も来られているので、どちらかというと陛下向けの言葉だ。
「それでは国王陛下より、お言葉を賜ります」
「うむ。本日はよい天候に恵まれ、余もうれしく思う。忠孝篤い侯爵家に新たな人材が加わり、ますます王国に寄与してくれることを期待する。以上だ」
短いけれど、王としての威厳あふれる態度だった。お父様も言われていたけれど、臣下の発言にも気を配りながら、統治者としての存在感を私でも感じられる。
「陛下、ありがとうございます。では、早速アーシェの晴れの姿をご覧ください」
お父様がそう言って合図すると、楽団が音楽を奏で始める。そう、生演奏だ。下位貴族たちなら魔道具で済ませることもあるけれど、こういう舞台では出来るだけ楽団を呼ぶのが通例だ。パーティーも盛り上がるし、即興で色々出来る上に楽団を定期的に呼ぶことで一定数の規模を担保し、文化保護にもなっている。今回は王都での開催だけれど、地方での開催時には各領地の楽団が出てくることもあり、音楽家も割と多いのだとか。
「さあ、行くぞ」
「はい。ユリウス様」
手を引かれて音楽に合わせ中央で踊る。本当に恐縮してしまうけれど、一曲終わるまでは私たちが中央で踊り、曲の進行に合わせて位の高い貴族からそこへ入っていく。今日は私たちの後にすぐ陛下が入られるのでものすごく緊張すると思ったけれど、直前のユリウス様の発言で思っていたよりはリラックスできた。どんどん、人が入ってくる中で会話が聞こえる。
「ほう、まだ貴族になって半年だというのに、中々様になっているではないか」
「ええ、それにこの曲。私もダンスを習い出した頃を思い出しますわね」
ふむふむ。お父様と同じぐらいの世代の人からは選曲も好評だ。同い年ぐらいの方はどうでしょうか?
「はぁ。まさか曲が〝世に平穏のあらんことを〟なんて。折角、ユリウス様の見事な動きが見れると思いましたのに」
「仕方ありませんわ。まだ、相手が初心者ですもの。あの程度の練習曲がお似合いですわ」
「そうですわね。見てくださいな、あの陛下たちとの差を。どうせあれ以外踊れないでしょうけど、ひどいものですわ」
うう…若い人たちにはあまり人気のない曲の模様だ。しかし、本当に陛下たちは美しく踊られている。大きな動きはない曲なのですけれど、それでも足運びなど一つ一つの動作が洗練されていると一目で分かります。そのうちに曲が終わり私たちも一旦引き上げました。ここからは自由に踊ったり、食事を楽しんだり思い思いに過ごす。私はダンスに慣れていないので、今日の踊りはおしまいですね。
「何とか終わりました」
「あれぐらいなら合格だ。だが、もう少し上達してもらいたいな。今後も踊るのだから」
「今後もですか?」
「そうだ。俺にも婚約者がいないし、アーシェもまだだろう? しばらくはパーティーに呼ばれるたびにエスコートをしてもらうぞ」
ううっ、パーティーがあるたびにまたレッスンなのですね。ユリウス様のご尊顔を見ながらできるのは正直、ちょっと嬉しいですが、まだまだ習いたての私にはつらい毎日が待っていそうです。
「ユリウス、久しぶりだな」
「陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「よい。いつもマーセルが手間をかけている。今後とも頼むぞ」
「はっ!」
ここで対応を間違えてはいけない。まだ、陛下はユリウス様にしかお声がけされていないので、私は会話してはいけないのだ。身分の高いものから話しかけられない限り、身分の低いものは話してはならない。たとえ、デビュタントする私であっても、これは変わりない。むしろ、こういう時に思わずやらかしてしまう人が多いらしい。
「ほう? 貴族になったばかりだというのに、教育が行き届いておるな。流石は侯爵家だ。実はお前の実父は二学年下でな。学園にいた時には何度も話したことがあるのだぞ」
「そうなのですか? 私はあいにく父のことは分からず……」
「話は聞いておる。あやつも中々人心をくすぐるところがあったが、そなたにも受け継がれている様だ。そうそう、先ほどの選曲は見事だったぞ。それに、中々様になっておった」
「そんな……まだまだ精進が足りません。陛下たちのダンスを見て痛感いたしました」
「そなたにそう言ってもらえると嬉しいものだ。髪色こそ違えど、そなたは祖母に似ているのでな」
「おばあさまですか?」
「うむ。祖母といっても直接的なつながりではないがな。私の祖母は早くに亡くなってな。この侯爵家に降嫁していた元王族の祖母に面倒を見てもらっていたのだ。懐かしい……祖母もあの曲が好きだった。そしてダンスも洗練されていて、当時は追いつこうと必死になったものだ。最近ではあの曲を選ぶものも少なくなって、久しぶりだったが楽しかったぞ」
「あ、ありがとうございます。これからも励みます」
「ああ。だが、他の曲の練習も忘れずにな」
「はい!」
来て頂いただけでなく、まさか陛下の思い出話まで聞くことが出来るなんて。侯爵家の身分のお陰だけど、私はうれしかった。陛下たちはこの後も予定があるのでそのまま帰られた。代わりに第一王子であるマーセル様が今は残られている。ユリウス様とも仲が良いらしく、今はお二人で話されている。
「ふぅ、ちょっと疲れたし奥に引っ込もうかしら」
あいさつ回りなどでろくに食べられなかったし、食事もしたいところだけどちょっと落ち着きたいと思った私は庭園へ行くことにした。