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 いよいよ今日はユリウス様が領地から王都に着く日だ。使用人たちも久しぶりに帰って来られるということで緊張しているのが見てとれる。


「ほら、君たちが緊張してしまっては、アーシェが落ち着かないだろう?」


「すみません。何分、学園を卒業されてから、初めてこちらに戻られるので……」


「まあ考え方によってはその方が違和感がないか」


 そんな会話の間にも私はどんな方だろうかと考えを巡らす。リディ兄さまの話からただ優しいというわけではなさそうなので、余計に緊張してきた。


「ユリウス様が到着なさいました!」


 衛兵のひとりが玄関でそう告げる声がした。いよいよ対面だ。


「おかえりなさいませ、ユリウス様!」


 使用人たちが声を揃えてユリウスさまに挨拶をする。いいなぁ、みんなは声が紛れて……。私はひとりで挨拶なのに。


「ユリウス兄さん、久しぶりだね」


「ああ、領地は問題ない。そちらの女性は?」


「は、はい。アーシェ・ティベリウスです。半年前からこちらでお世話になっております」


 私はカーテシーをして、挨拶をする。チラリと顔も目に入ったが、キリッと整ったお顔がとてもきれいだ。リディ兄さまには後で文句をいわないと。ビックリしてしまったわ。


「ふむ、お前が王都で噂の娘だな。噂と違って礼節もちゃんとしているし、それに……」


「それに?」


「いや、美しい銀髪だと思ってな」


「あ、ありがとうございます」


 滅茶苦茶照れる。多分顔は赤くなっているだろう。こんな美形に誉められるなんて。ちなみにユリウス様はやや青みがかった銀髪だ。私が髪を眺めていると、手が延びてきた。


「ふむ、やや色は薄いのだな。近くで見ないと分からなかった」


 そう言いながら、私の髪を触るユリウスさま。聞いていた話と違うのだけど……。


「二人ともなにやってるの? 座ろうよ」


 はっ! そうだった。まだ玄関だったわ。我に返った私はユリウス様から逃れるようにリビングへと向かう。


「さ、さあこちらへどうぞ」


「ああ」


 こうしてユリウス様との初めての邂逅を終えた私はリビングへと場所を移して色々と話をした。



「では、新しい作物の実験をしておられましたの?」


「ああ、南の方は荒れ地も多く、生産が不安定だ。それでは税収も変動するし、北と南でつまらん諍いが起きる可能性もある。だがまだ試験段階な上に十分な土地がなくてな」


「そうですか……やはり領地の運営は難しいものなのですね」


「我々と違って働くのは平民だからな。立場が違うのでそこも考えなければならない」


 話してみるとリディ兄さまの言った通り、身分には敏感な方のようだ。ただ、平民だから下賎だというより、単純に自分達と違う存在という認識のようだ。よかった、ひとまず私はどうこうならずに済みそうだ。


「しかし、本当に聞いていた話と違うな」


「王都で噂になっていると言われておりましたけれど、どのような噂を聞いていたのですか?」


「髪を染め、色仕掛けで弟に取り入った恥知らずの冒険者。下位貴族に雇われてのしあがるために動く守銭奴。大体、まとめるとそんなものだな」


「ええ……」


 誰だろうそれは。そもそも、この家の人が代々銀髪なんてそれすら私は知らなかったのに。


「ユリウス兄さん、つまらない噂をわざわざ言わなくても……」


「リディ、どの道どこかで耳に入るのだ。こういう場の方が良いだろう?」


「まあ、そうだけどさ。何も帰ってそうそう言うことでもないんじゃない?」


「初めて会う俺から言った方が良いだろう? ほぼ他人の人間から言われる方がまだ納得できるだろうからな」


「はあ、パーティーの時はきちんとしてよ。ユリウス兄さん」


「パーティー?」


「手紙、ちゃんと読んだの? アーシェを養女に迎えたっていうパーティーだよ」


「まだ開いていなかったのか? 手紙の日付からするともう済んだのだと……」


「父上が新しい家族のお披露目だから、みんな揃ってやりたいって言ってね」


「ちなみにいつ開かれるのだ?」


「来週だよ。ちょうど一週間先」


「リディ、お前のエスコートは?」


「もちろん、婚約者に頼んであるよ」


「そうか……参ったな。当てがない」


「ユリウス兄さんはいつもエスコートなしだもんね」


「下手に誰かに頼むと勘違いされるからな。だが、我が家で開くのになしというのはな……」


「なら、ユリウス兄さんがアーシェのエスコートをしたら?」


「私のエスコートを!?」


「うん。別にアーシェも婚約者はいないし、変じゃないでしょ?」


「で、でも、ご迷惑では?」


「いや、それが良いな。俺の体面も保てるし、折角のデビュタントだ。まさか、お前がエスコートなしではよくないだろう」


「私はお父様に頼もうと思っていたのですが……」


「父上は母上のエスコートがあるからね。まあ、どちらものエスコートをすることはあるけど……」


 ちょっと言いにくそうにリディ兄さまが言う。何かあるのだろうか?


「それは子どもの場合だろう。せいぜい十歳ぐらいまでだ」


 そういえば、みんな婚約早いんでしたわね。下位貴族でも十五歳にはある程度決まるというし、デビュタントが一つの区切りなのかもしれない。


「そうと決まれば行くぞ」


 スッと立ち上がるユリウス様。どこに行くのだろう。あれ? 私に手を伸ばしてどうしたのかしら?


「何を呆けている。お前もだアーシェ」


「その……どちらに?」


「ダンス場だ。侯爵家の跡取りがエスコートをするのに無様な姿は見せられんだろう」


 貴族らしくあれ! 私がユリウス様のことを一つ理解した出来事だった。



「遅い! もう少し、スムーズに動けないのか?」


 ダンス場に着いた私たちは曲の流れる魔道具と、講師として執事のジョセフを呼んでレッスンに励んでいた。今のはユリウス様からのお言葉だ。


「ですが、私の身長では……」


 残念ながら私の身長は百五十センチほど。ユリウス様は百九十センチ近くの長身だ。そして、課題曲は〝勇猛なれ〟だ。男性向けの曲で、男性側がアグレッシブに動く曲なのだけれど、女性はそれについて行かなくてはならない。明らかに歩幅の違う私たちで、ユリウス様が大きく動くとすぐに振り回されてしまう。こればっかりは冒険者として鍛えていようと、体格差なのでどうしようもない。


「出来ないのか?」


「ユリウス様。流石にアーシェ様の身長では難しいかと。曲を変えてみては?」


「しかし、この曲が私は一番得意なのだが……」


「存じております。しかし、アーシェ様のデビュタントで恥をかかせてしまっては、今後のご縁にも……」


「確かに。アーシェ、得意な曲はあるか?」


「一応、最近一番練習したのは〝乙女の誓い〟ですが……」


 乙女の誓いは女性向けの曲で、女性が中心に動く曲だ。小柄な女性でも自分のペースで動けるので、運動量は多いけれど身長差で踊れないことはない。私のリクエスト通り、曲を変えてもう一度レッスンを行う。


「うう~ん」


 ジョセフが頭を抱えている。なにかまずかっただろうか?


「どうだったジョセフ?」


「今度はユリウス様の動きが少な過ぎまして。やはり、身長差が大き過ぎますな」


 その後も何曲か試したけれど、これという曲はなかった。しばしの休憩となって私は他にどんな曲が流せるか試してみる。


「あっ、これならいけるかも」


 流れてきた曲は私が一番最初にダンスのレッスンで聞いた曲だった。入門用の曲として知られており大きい抑揚がない代わりに、細かい動きや基本の動きを組み合わせたものが多く、綺麗に踊るのは難しいと言われた曲だ。


「ほう、〝世に平穏のあらんことを〟か。中々いい選曲だ」


「確かに。この曲であれば国王陛下もきっと喜ばれるでしょう」


「国王陛下?」


「おや、ウィリス様から聞いておりませんかな? 此度は侯爵家、それも歴史あるティベリウス家に起きた慶事。侯爵家に新たに加わるお嬢様のために陛下も来て下さいます。通常であれば高位貴族のパーティーといえど、王子や王の親族が出席するに留まるのですが、予定を調整するとのことです」


 ウィリスとはお父様……つまり現侯爵のことだ。なぜこの曲で国王陛下が喜ぶのかは分からないけれど、この曲なら動きの幅が男女ともに大きくないから私たちでも踊れそう。こうして私はパーティー開始までの一週間のほとんどをダンスとマナーのレッスンに費やした。


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