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私の家族が貴族だなんてそんなことはないと思ったけど、家系図が見られるということで、父親の名前も知らない私はその魔道具を使うことにした。
「では、アーシェだったな。そこに血を一滴垂らしてくれ。それで下の紙に家系図が浮かんでくる仕組みだ」
「分かりました」
用意された魔道具と針を使い血を一滴たらす。すると、魔道具が反応して下に置いてある紙に文字が浮かび上がる。
「何か出てきましたね。お姉さま」
「そうね」
そして浮かび上がってきた家系図(二代前まで)を見る。二代前の人はえらく長い名前ね。しかも、母親も父親の名前も長いわ。母方も父方ほどではないけど同様ね。
「こ、これは……」
「お父様!」
隣を見ると二人とも絶句している。どうしたんだろう?
「は、半分は冗談だったが、まさか本当とは。アーシェ……いや、アーシェ様。貴方の家系が判明しました。やはりあなたはティベリウス侯爵家のお血筋です。それに母親のグレタという方は私と同じ、男爵家の出身のようですね」
「は? え? き、貴族的ジョークですか?」
「冗談でもこんなことを言えば罪に問われます。それぐらい高貴なお血筋です」
「う、嘘でしょ……」
バターン
「ちょ、アーシェお姉さま! お姉さまーーっ!」
余りのショックに遠ざかるミリアの声が響いた。ちょっとうるさいかも……。
そして目が覚めると丸一日経っていた。どうやら相当ショックだったようだ。その間にご丁寧にも男爵様は私の父の実家? なるところに連絡を取ってくれたらしい。明後日にも一度この邸に来るそうだ。
「お断りとかは……」
「出来ませぬ。むしろ、逃げられでもしたら私の首が飛びますな」
「そうですか」
淡々という男爵様だったが、目がマジだ。男爵家のメイドたちはと言うと、高位貴族が来るとてんてこ舞いで準備をしている。私は貴族に関しては詳しくなかったがミリアに教えてもらったところ、王族を除いた貴族は公爵→侯爵→伯爵→子爵→男爵の順番らしい。つまり侯爵というのは貴族で二番目、王族を入れても三番目に偉いとのことだ。侯爵と同格の地位には辺境伯という位もあるらしいけど、もう頭に入ってこなかった。
「でも、流石はアーシェお姉さまですわね。皆さんの言っていた通りでしたわ」
「みなさんって誰?」
「冒険者の皆さんですわ。前からお姉さまの食事の作法がきれいで、絶対どこかの貴族だとみんな言ってましたの」
「あ、あれは、母が食事は行儀よくと……」
「でも、あんな貴族の作法を教えてくれる家庭なんてありませんもの」
「むぅ」
そう言われてしまうと、村にいた時の暮らしもちょっとおかしいところはあった。食事は割と質素だったけど、お皿が豪華だったのだ。理由を聞くと、『マナーは大事だ。正しいマナーを身につけるにはそれなりの器が必要だ』などと母が言っていた。ただの貴族の名残だったとは……。貴族相手ということで急きょ簡単なマナー講座も開かれ、瞬く間に二日が経った。
「い、いよいよ今日ですわね」
「ちょっとミリア、緊張し過ぎよ。相手は同じ貴族でしょ?」
「お、お、同じだなんて。男爵はその辺に溢れております。領地なしの者も含めれば、かなりの数ですわ。それに比べて、侯爵家は六家しかないのです。エリート中のエリートですわ。顔も私は拝見したことがありませんの。そ、それにティベリウス侯爵家は三代前には王族も降嫁されたほどの名家ですの。うちなんかとは比べ物になりませんわ」
「ま、まあ、今日はアーシェ様のお姿を見に来られるのだ。そこまで、緊張しなくとも……」
そう言いながら男爵様もびくついているんですが。
「あなた、なにを怯えていらっしゃいますの? 侯爵様はそんな狭量な方ではありませんよ」
「しかしだな……」
お隣にはミリアの母である、ライーザ男爵夫人様が控えている。親子二人とは対照的に胆が据わっている様だ。
「侯爵様夫妻がいらっしゃいました!」
「そ、そうか。案内は頼んだぞ」
ちなみに出迎えでもひと悶着あったのだ。侯爵からの先触れでは私的な理由だから出迎え不要となっていたけど、それでも出迎えが必要だろうという意見と、書いてあることを守るべきという意見だ。最終的にはこれもライーザ夫人の意見で、出迎えはなしになった。
小気味良い音とともにドアが開き、とうとう侯爵夫妻が入ってきた。見た目は……若っ! 二人ともすごく若く見えるんですけど……。私が今十五歳だけど、向こうは四十近いわよね。見た目、滅茶苦茶若いんだけど。
「ようこそいらっしゃいました。ティベリウス侯爵夫妻様」
「うむ、この度は大変うれしい知らせをくれてありがとう男爵。個人的なことながら、感謝しきれぬ」
「とんでもございません。さあ、夫人もこちらに……」
「あら、ありがとうございます。ライーザ夫人もお久しぶりね」
「覚えて頂いてありがとうございます。先日のパーティーでは、簡単な挨拶とご尊顔を拝見するだけでございましたが、こうしてお会いできて光栄です」
「いえ。それであなたがアーシェかしら?」
「は、はい。アーシェと申します」
「堅苦しくしてすまんな。これも貴族の務め。だが、今回は私的な件だ。楽にしてくれていい」
侯爵様はそう言われたけど、流石にじゃあってわけにもいかないよね。それぐらいは平民の私でもわかる。
「いえ……」
「早速で悪いが、もう一度この魔道具を使ってくれないか?」
そう言って、侯爵様の付き人が魔道具をテーブルに置く。
「ディード男爵の言葉を疑うわけではないのだけど、この人は何年も弟のフェイン様を捜していらしたの。それが、今になって弟ではなくその娘が見つかったと聞いて、嬉しいのだけどどうしても信じきれないのよ」
「そんなに長く捜されていたのですか?」
「弟は家を出たとはいえ、侯爵家の次男。本来であれば私に何かあれば後を継ぐはずだった。それに、仲もよかったのでな。ずっと気になっていたのだ」
「分かりました」
私は再び魔道具に血を一滴たらし、効果が表れるのを待つ。そして……。
「おおっ! これは確かに我が家の家系だ!! ここに今は亡き曾祖母の名前もある」
曾祖母って王家から降嫁したっていう人かな? って今思ったらその人、王女じゃない! 続いて侯爵様が新しい紙を用意して自分の血を垂らす。すると、一代前は私の二代目と同じ名前が浮かび上がる。しかも、男爵家のものより高性能のようで、さらに何世代か前の分も出ている。
「間違いない。弟の……フェインの娘だ」
うっとのどを詰まらせ侯爵がうつむく。きっと仲のいい兄弟だったんだろう。私が生まれていることを考えても十五年以上前に家を出て行ったのに捜していたんだから。
「あなた……」
「済まない。みっともないところを見せたな」
「いえ、心中お察しします。それで、侯爵家とは別の問題が……」
事実確認が取れ、感極まった侯爵様にライーザ夫人が声を掛けられた。今度はなんだろう?
「何か?」
「その、母方の家系が……」
「母方の家系? これは……シュトライト男爵家か?」
「その様です」
「だが、あの家から嫁いだ令嬢は一人だったと……。このグレタという女性は?」
「いいえ、あなた。確か次女の方は子爵家に婚約破棄され、家を出て行方知れずとのことですわ。おそらくその方でしょう。アーシェちゃんは何か聞いていないの?」
「一度だけ母が父のことだけは話してくれました。父親は旅をしていて、宿を貸したのだと。とても素晴らしい青年だったと言っていました。母もずっと父を待ってたんだと思います」
父のことを語る母の顔はすごく愛しそうで、同じぐらい寂しそうだったから。
「あいつめ、罪深いやつだ。よりにもよってそのような相手と……」
「あなた、アーシェちゃんの前ですよ」
「そうだったな。済まぬ」
「いえ、私は父とは会ったことがないので」
「そうか。ではあいつの話をするとしよう。あいつは昔からな……」
それからは侯爵様が父の話をいっぱいしてくれた。初めて知る父はどうやら茶目っ気のある人だったらしい。学園に通っていた時も人気があったけど、結局貴族の枠が気に入らず家を出て行ってしまったらしい。
「全く勝手なやつだ。お陰で三男だった弟が代官として今は領地を一部治めている。本当はあいつの仕事になるはずだったんだが……」
「侯爵様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間なのか。アーシェよ、今まで苦労を掛けた。お詫びという訳ではないが、これからは私が面倒を見よう」
最後にそう言って侯爵様は帰られた。それがまさか私を引き取るということだと知るのは、それから二日後のことだった。二日後に改めてやって来た侯爵家の使いに説明を受け、私はアーシェ・ティベリウス侯爵令嬢として侯爵家の養子に入ることになったのだ。
ただの冒険者だった私の運命がその日を境に目まぐるしく回り始めた。