番外編 真夏の避暑地
ジージージー
虫が侯爵家の邸でうるさく鳴いている。季節は夏、猛暑が王都を襲っていた。
「はぁ~、暑いですね。お嬢様」
「そうねぇ~。でも、これといった避暑地もないのよね」
例え貴族になろうとも天候だけはどうしようもない。この夏はかなりの暑さで邸の人間も数人、熱中症で休んでいる。
「はい。行こうにもパーティーの開催などがありますから、片道一日程度の距離にしか行けませんわ」
「それなら、行っても行かなくても変わりないものね」
優雅さの欠片もない会話だが、流石にこの暑さではどうしようもない。せめて、涼しい場所があれば別なんだけれど……。
「お嬢様は冒険者だったのですよね。何か良い涼み方は知りませんか?」
「それを知ってたら、最初に自分でしているわ。去年はどうしてたかしら?」
え~っと、確か三日ぐらい涼しい場所にいたと思うのだけれど……。
「そうだ! いい場所があったわ。みんなも来る?」
「ほ、本当でございますか? 是非に!」
「そうと決まればちょっと外出の許可をもらわないとね」
「外出ですか?」
「ええ、心配しなくてもうちの馬車なら半日あれば着くと思うわ」
私は早速、お父様にお願いをする。残念ながらお父様は近々会議があるので行けないということだけれど、許可は貰えた。そして、みんなが期待を込めて次の日には目的地へ出発したのだった。
「それにしても、街で食料を買い込むなどどこへ行かれるのですか?」
「着いたら分かるから期待しててね」
きっとびっくりすると思うから、あえて場所は言わないでおく。
「それにしても冒険者の装備まで持ってくる必要があるのですか?」
「念のためよ。連れて来れる護衛も限られてるからね」
こうして馬車に揺られること半日。私たちはネピドーの街に着いたのだった。
「まずは貴族宿に荷物を置いていきましょう。あとは持ってきたマジックバッグに食料とかの荷物を全部入れて出発ね」
「はぁ、宿では無くですか?」
「ええ、まあついてくれば分かるわよ」
一旦宿で冒険者の恰好に着替えてから宿を出る。そしてそのまま向かおうとして……。
「流石に人数が多いわね。ちょっとそこで待っていてもらえる?」
「分かりました。では、護衛を二名お連れ下さい」
流石にひとりで歩くのは危険ということで護衛を連れてギルドに入っていく。
「あの~、依頼ですか?」
ギルドの新人受付が戸惑うのは無理もないだろう。冒険者の恰好をした私の後ろには明らかに貴族の護衛と分かる人間がついているのだから。
「ええ。受ける依頼はこの街のダンジョンの踏破よ」
「ですが、その……貴族の方が受けるには危険かと」
「大丈夫よ。ねぇ、ティアナさん」
私は横にいた受付の人に話しかける。ティアナさんは私に気が付くとすぐに行動に出た。
「その人は依頼を受け付けて大丈夫よ。私は用事が出来たからここはお願いね」
「は、はぁ」
先輩の受付にそう言われた新人さんは私の依頼を処理する。これで、目的地に行けるわね。
「そうそう、今回の依頼の荷物持ちは冒険者じゃないから何か聞かれたらそれだけ言っておいて」
「はい」
不思議そうにしている受付をよそにギルドを出る。そして、みんなと合流する頃には街に鐘が鳴り響いた。
ゴゴーンゴゴーン
「あら、何でしょうか? 何か催し物でもするのですか?」
「ああ、これはお知らせの鐘の音よ。それより目的地に行きましょう」
私はみんなを連れてダンジョンの方へと歩いていく。その間にも多くの人とすれ違う。
「墓荒らしが出たぞ~! すぐに店の連中を起こしてこい」
「おう! 全く、これで数日は収入がなくなるぜ」
「だが、久しぶりだな。あいつが死んだってのは嘘だったのか?」
「嘘も何もあの怪物が死ぬわけないだろ? ソロでも攻略できるって噂だぞ」
「何だか周りが騒がしいですね。犯罪者でも出たんですかね?」
「墓荒らしって言ってるぐらいだし、そうなんでしょうね。いやね、罰当たりなんだから」
「お嬢様もそう思いませんか?」
「あ、はははソウデスネ」
依頼をスムーズに受けるためとはいえ、ティアナさんに話を振ったのは失敗だったかな? そして、数分歩くとダンジョンの入り口に着いた。
「お嬢様ここは?」
「ここが目的地よ」
「あの……私にはダンジョンの入り口に見えるのですが……」
「ええ。最高の避暑地よ。ただ、ちょっとだけ仕事してもらうけれど。大丈夫、安全だから」
「安全……ですか?」
ダンジョンに入るのに安全なんてあるわけないだろうって顔をしてるけれど、このダンジョンだけは例外なんだよね。ま、論より証拠。それを今から見せましょう。
「じゃあ、入るわね。そうそう、入ったら必ず私より後ろに付いててね」
「我々もですか?」
「そうね。護衛の人もすぐ後ろに付いててもらえる? それならいいでしょ」
流石に離れすぎると職務放棄になってしまうから難しいだろうしね。こうしておっかなびっくりダンジョンに入るみんなと、意気揚々と入る私だった。
「こ、これがダンジョン内部ですか。確かに外より若干涼しいですが、危険なのでは?」
「まあ、普通はね。でもちょっと見ててよ」
私は意識を集中させると魔法を唱える。
「シャインフィールド!」
光の広域魔法を唱えると、それを階全体へと広げていく。こうすることで、まだ見ぬアンデッドを葬り去るのだ。20秒ほどの輝きののち、この階にいるアンデッドは全滅した。
「さあ、ひとまずこの階のアンデッドは全滅したから、お宝を拾いましょうか」
「全滅? お宝?」
「そうよ。さっきの光魔法でこの階の魔物は全部倒したからもう安全よ。あとはダンジョンに配置されている宝と、倒した魔物が落としたドロップ品を回収するだけ。簡単でしょ?」
「だ、ダンジョンとはかようにも楽なものですか?」
「ここだけね。このダンジョンに限って言えば私は無敵だから!」
「さ、さっきの魔法が効かない魔物はいないのですか?」
「うん。ここは物理系のアンデッドだけのダンジョンだから、魔法耐性のある魔物はいないし大丈夫よ」
「トラップなどは?」
流石は護衛の騎士たちだ。ダンジョンにトラップがあることも知っているみたいだ。
「それも大丈夫。このダンジョンのトラップって、毒沼とか呪いとかそっち系ばかりなの。さっきの魔法でついでに浄化してるから問題ないわ」
そう、このダンジョンと私の相性は最高だ。出現する全ての敵に効く魔法を持ち、トラップも無効化できる。これが私が『墓荒らし』と呼ばれるゆえんだ。ダンジョンの魔物や数々のトラップ。それを難なく無効化して宝を根こそぎ持って帰る。そんな私の姿を見てギルドの冒険者たちが付けたあだ名なのだ。
「それじゃあ、手分けして宝を集めましょう。みんな一つずつマジックバッグは持ってるわよね?」
「はい。言われた通り、空のものを一つずつ持っております」
「それじゃあ、頑張ってね。それと、階段だけは絶対に降りないように!」
「はっ!」
皆が宝を捜しに散らばっていく。こればっかりは毎回、入る毎に形の変わるダンジョンだからどうしようもない。数分後、宝を取り終えた皆が広場に戻ってきた。
「それじゃあ、次の階に行くわよ~」
「「おお~…」」
微妙な掛け声とともに私たちは進んでいく。それから四階ほど下に降りた時にふとメイドのひとりから質問があった。
「このダンジョンは階層がいくつまであるのですか?」
「このダンジョンは地下十五階で固定だよ。今地下五階だからあと十階層だね」
気分も冒険者になった私が答える。ちなみにちらほら冒険者ともすれ違うのだが、みんな私が来たことを察してすぐに登って行ってくれる。まあ、この先降りても仕方ないからね。
「そうですか。案外深いのですね」
「まあそこそこだね。深いところは三十階まであるところも確認されてるから」
「訪れたことがおありなのですか?」
「まさか! Aランクパーティーが合同で受けるようなところだよ。私じゃ無理無理」
そのダンジョンは植物からドラゴンまでありとあらゆる魔物の出るダンジョンだ。流石に私じゃ勝てない。
「それにしてもなぁ」
それからもダンジョンを進んでいるとふと護衛の話が聞こえてきた。
「ああ、なんていうか……」
「お前も感じたか?」
「何の話?」
「わっ! お嬢様。何でもありません!」
「でもさっき何か話してたじゃない?」
「いや、たわいのない話です」
「いいから聞かせて」
ここで聞くのをやめておけばよかったと私は直ぐに後悔した。
「そ、その、大変言い難いのですが、暗がりのこのダンジョンで数人で宝だけを回収しているとまるで遺跡の墓荒らしのようだと……」
「うっ!」
ぐさりと私の心に刃が刺さる。やっぱりそう思われるのか。実はこのあだ名を付けたのも私と一緒に潜っていた冒険者だったんだよね。『お前について行くと毎回思うが、どこかの貴族の墓を荒らしてるようだったな!』この言葉が広まり、いつしか『墓荒らし』と呼ばれるようになったのだ。
「そういえば、さっきこのダンジョンに入る時もそんな言葉を聞いたような……」
「ほ、ほら! 先へ進もう。もうちょっとで最下層だから、休めるから!」
必死に話題をそらして先に進む。そして入って二時間ほど。私たちは最下層である地下十五階に着いたのだった。中級ダンジョンと言えど、ボスは竜種。流石にこの辺りまで来ると冒険者とすれ違うこともなかった。
「何だか大きい扉がありますわ」
「あれがボス部屋の扉。あの先にボスのデスドラゴンがいるの」
「このダンジョンのボスは固定なのですか?」
「そうだよ。だから、私にとっては作業なんだ」
途中でMPが切れかけたのでマジックポーションを飲む。これ以外は休憩なしで来れるこのダンジョンはボーナスステージだ。それに、ボス部屋はあの扉を開けない限り、魔物も出現しないから安全なんだよね。
「それじゃ、先に行ってくる」
「わ、我らもお供します!」
「そう? でも、前には出ないでね。危ないから」
「はっ!」
私は護衛の人と一緒に部屋に入るとすぐにドアを閉めて魔法を唱える。
「シャインフィールド!」
デスドラゴンの方を見ると、魔法を受けてすでに身動きが取れなくなっている。
「すごい! レア種のブルーデスドラゴンだ。やったぁ!」
こいつはレアな宝石であるサファイアクリスタルという魔石を落とす。八分の一ぐらいでしか出現しないレアエネミーだ。まあ、倒すことに関しては全く変わらないけど。
「とどめ! シャインブラスト」
シャインフィールドの影響下で身動きの取れないブルーデスドラゴンを倒すと、ボス宝箱が出現する。中身はもちろんサファイアクリスタルだ。
「それに竜鱗まで!」
アンデッドドラゴンの癖にこいつはたまに竜のうろこも落とす。解せないけれど、ありがたくいただいておく。
「みんな~、倒したよ」
恐る恐るみんなが入ってくると、デスドラゴンの死体が消えていく。
「ど、ドラゴンが消えて……」
「うん。ダンジョンの敵は倒したら消えちゃうんだ。原理は分からないけどね。それより、これで安全な避暑地が手に入ったよ」
「避暑地?」
「そうだよ。元々避暑地に行きたいって話だったでしょ? ここが一番涼しいんだ。去年も使ったんだよ」
「恐れ入りますが、他のパーティーの方は来られないのですか?」
「ボスを倒すとダンジョンは一回リセットされちゃうんだ。五日は何もでなくなるよ。もちろん、冒険者も来ないから大丈夫。でも、そこの奥の光には入らないでね。地上へのワープポイントだから」
「は、はい……」
こうして私たちは真夏にも関わらず、数日間を涼しく過ごしたのだった。
後日このことを聞いたユリウス様に呼び出された。
「なぜ呼ばれたか分かっているな?」
「ユリウス様は残念でしたね。折角の避暑地だったのに用事で行けなくて」
「そんなことはどうでもいい!! ティベリウス侯爵家のメイドがダンジョンに入っていったと噂だぞ! どんなメイドを雇っているのかと奇異の目で見られている。どう始末をつけるつもりだ!」
ダン! とテーブルに拳を振り下ろすユリウス様。そういえば変装とかしてなかったわね。暑くて考えが及ばなかったわ。
「ユリウス様、気をお鎮め下さい。こちら戦利品です」
私は今回手に入れたサファイアクリスタルを渡す。
「む? こんな貴重なものをどこで?」
「ダンジョンのボスがたまに落とすのです。私は一つすでに持っておりますのでどうぞ」
「すまんな。ちなみにまだ取れたりするか?」
「はい。運にもよりますが……どうしてですか?」
「陛下がこっそり、マーセル殿下の結婚祝いに何かないかと考えられているのだ。今回のことは何とかするから頼めるか?」
「ええ。お任せあれ」
こうして危機を回避した私だったが、潜りに行くたびにメイドを同行させて再び怒られたのは言うまでもない。
「なぜ、またやったのだ!?」
「ドロップ品の回収が大変だったんです!」
「それぐらい、護衛でも領地の騎士でも融通する」
「はぁ~い」
あの誰にも邪魔されない空間で、お茶を飲むの好きだったんだけどな。その後は護衛を伴っていくようになった。ただし、後年夫婦喧嘩の度にメイドを伴ってダンジョンに入る貴族の姿が見られたという。
「今回のことは許せません。数日はここにこもります」
「はぁ…」
メイドたちは諦めてこう思うのだった。ここのボス討伐ぐらい早く機嫌を直されないかしら、と。