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 公爵家のパーティーに参加した私たちの前にシュバッテン子爵が変異したデスドラゴンが現れた。私は陛下たちを守るために、かの竜の前に立ちはだかった。


「おおっ! ご令嬢が竜のブレスを防いだぞ」


「すごい!」


「久しぶりに攻撃を受けたからちょっと驚いたわ。でも、この会場に私がいたのが運の尽きね。己の運の無さを呪いなさい! って、もう呪ってるからその姿なんだっけ?」


 再び、デスドラゴンがブレスの構えに入る。


「そうそうブレスを使えると思わないことね。シャイン!」


 私はブレスを放とうとするデスドラゴンの口に光魔法を撃ちこむ。これでブレスはキャンセルした。


「こんな街中で出てくるなんて、ボーナスステージ……じゃなかった。その報いを受けなさい、シャインフィールド!」


 私は動きが止まったデスドラゴンにすかさず、光の広域魔法を使う。これで動くことはもちろん、体が徐々に溶かされていくだろう。かの竜は竜種とあって火などの通常属性には高い耐性を持つ。しかし、光属性にはほぼ無耐性という弱点があるのだ。聖属性でさえある程度の耐性があるこの竜にとって、光魔法使いは最も苦手な存在なのである。


《ギャオオオオォ》


 徐々に体が溶かされていくデスドラゴンに私はとどめを刺す。


「シャインブラスト!」


 あとは心臓の位置に魔法を撃ちこめば終わりだ。幾度となく行って来たこの作業を失敗する訳もなく、デスドラゴンは倒れた。


「お、おおっ!」


「デスドラゴンが……倒れた」


 地に伏したデスドラゴンはなぜが徐々にその姿を縮めていく。


「あれ? いつもならここで素材を落とすはず……」


 人が変異したからだろうか。デスドラゴンはその姿をどんどん縮めていき、とうとうその場にはシュバッテン子爵と小さいデスドラゴンの頭部の骨が残った。


「何と、シュバッテン子爵だったのか……」


 貴族たちが徐々に会場に戻り、事の次第を確認する。子爵は全く動かない。変異した時点で恐らく魔物と一体化しただろうから、おそらく生きてはいないのだろう。


「それにしてもこんな小さな竜の骨なんて……」


 私は小さくなった竜の頭部の骨を観察する。


「あら、これは?」


「アーシェ! 大丈夫だったか?」


「ユリウス様、見ての通り無傷です。それよりもこの骨の角にある傷なのですが……」


「恐らく、変異に使った素材だろう。これがどうかしたのか?」


「はい。恐らくこの角の傷は私の友人がつけたものだと思います」


「友人? 冒険者時代のか?」


「はい。もう一年ほど前になりますが、久しぶりにデスドラゴンにどこまで通常の戦いを挑めるかということで、戦って付けた傷だと思います」


 まあ、結局早々に危険になったからそのあと、すぐに倒したんだけれど。


「それがなぜここに?」


「恐らくギルドを通じて流通したのだと思います」


「他にこのような傷がついた骨は?」


「普段はボス部屋に入ったらすぐに片づけてますから、まずありません」


「陛下! お聞きになられましたか?」


「うむ。公爵、この騒ぎを収拾する機会を与えよう。必ず、このデスドラゴンの入手ルートを追い、この度の首謀者を探し出すのだ!」


「ははっ! 必ずやご期待に沿えましょう」


 公爵が騎士たちをまとめ上げ、早々に事態の収拾に向かうと陛下は私に話しかけられた。


「アーシェよ。よく皆を救ってくれた。それにそなたのお陰で、公爵を処罰せずに済んだ。いくら公爵と言えど我が身に何かあれば責任を問わずにはいられなかっただろう」


「いえ、たまたま私の力がお役に立てただけにございます。他のアンデッド……リッチなどでは魔法の通りも悪く、苦戦したでしょう」


「しかし、アーシェ。お前はCランク冒険者ではなかったのか? ネピドーのダンジョンはBランクだ。お前に倒せる相手ではなかったはずだ」


「ユリウス様、私は光の魔法に長けています。そして、ネピドーのダンジョンには魔法使い系のアンデッドがおらず、あのダンジョンに挑む時のみ特例でAランクとして活動できるのです。恥ずかしいので今まで黙っていたのですが……」


「何を恥ずかしがることがある?」


「いえその……先ほども言いましたが、私のあだ名が『墓荒らし』ですので」


「その話はまた聞くとするか。流石にこの騒ぎではパーティーどころではない。帰るぞアーシェ。陛下、失礼いたします」


「うむ。大儀であった。追って褒美を取らせよう」


 こうして初の対外パーティーを終えた私は邸に戻ったのだった。邸では王都に魔物が出たと騒ぎになっていたので、事情を説明して安心するようにとユリウス様が説明された。ただ、私の活躍を大々的に説明するのはやめて欲しかったですけれども……。




「あれから一週間。落ち着いてきましたわね」


「ああ。どうやら公爵の手によって、あのデスドラゴンの骨の購入者に行き着いたようだ」


「どなただったのですか?」


「それが王都でも名のある大商人だった。だが、彼があれを入手してどうする訳でもない。背後関係を洗っている様だ。早晩にも分かるだろう。それにしてもアーシェがまさかあんな有名人だったとはな」


「その話はやめてください。冒険者時代から恥ずかしかったのです!」


「いや、ダンジョンに潜る依頼を受けただけで、街に情報が行き渡るなんて中々ないぞ」


「途中からは専用の鐘まで用意されて迷惑でした」


 私がギルドに依頼を受けに行くだけで、鐘を鳴らされて何の有名人かと思わされたのだから。


「まあ、陛下や殿下に何事もなく良かった。公爵も今回の件でお前に縁談を世話してやろうと言っていたぞ」


「それこそ迷惑です。私はそのようなことをしていただく身分でもありませんし」


「そうか? なら、まだまだ俺がエスコートをする必要がありそうだな」


「よろしくお願いします。ユリウス様」



 それから三年が経過した。普通、貴族の令嬢は学園に十五歳から二年間通うのだけれど、私は学園には行かなかった。というのもあれからパーティーではユリウス様のエスコートを務めている関係でいけなかったのだ。

 ユリウス様は次期公爵として領地経営を学ぶため、私の入学年度からは半年を領地で、もう半年を王都で過ごす生活へと変わり、学園生活があるとエスコート出来ないのだ。


「まさか、次期侯爵がパーティー毎に違う女性をエスコートなど出来ん」


 この鶴の一声が決まり手となり、私は今もユリウス様の予定に合わせて領地と王都を往復している。薬の開発についてはあれから陛下より、薬事省特別開発室という部署を新たに新設してもらった。これは、私の移動に合わせて王都と侯爵領に研究室を持ち、研究を行うチームだ。


「アーシェ室長。栄養ドリンクの平民向け開発完了しました。銅貨八枚ぐらいまで下げられそうです」


「効果は?」


「当初の予定よりMP回復を抑え、栄養分を担保しました」


「やっぱりバランスを取るのは難しいわね。では、この商品も必ず一日一本までと大きく書くように」


「はい。それと陛下より新薬の万能薬の評価が返ってきました」


「この手紙ね。え~っと、効果は認めるが他国への流失を防ぐため厳重に保管すること、か。まあ、十パターンの毒に対応できるということを考えれば仕方ないわね。あっ、来月に王都に行く時にこの薬の材料をまとめて持って行ってくれる? 多分薬事省で作ることになるから」


「分かりました。あと、転地パーティーが来週に決まってますから、また挨拶を考えておいてください」


「分かったわ。毎回みんな丁寧に開いてくれるわよね」


 転地パーティーとは、ユリウス様と特別開発室のメンバーが、半年ごとに王都と領地を行き来する時に開かれるパーティーだ。領地でも王都でも行うのでこの時期はパーティー三昧で困る。最初は王都でお父様たちが開いてくれたのだけれど、その後に領地で代官となったリディ兄さまが対抗して開き出したのだ。


「リディ兄さまも毎回律儀ですわ」


「そう言ってやるな。お前が稼いで来るのに金を使わないからだろう」


「ユリウス様。私は薬の開発と王都にいる間、ネピドーに毎月行っているだけですわ」


 公爵家での一件以来、私はアンデッドダンジョンの攻略が解禁され、再び月に一度潜ってはボス部屋の宝などを売りさばいている。薬の開発と合わせて両方からお金が入るのだけれど、そこは元庶民。大してドレスにこだわることもなく、適当に孤児院などに寄付していると、せめてパーティーぐらいはと開かれるようになったのだ。


「その利益だけでもかなりのものだがな。お陰で侯爵領は他の領地よりかなり裕福だ。この前も陛下から隣接する領地の買取をするように言われた」


「良いんですの? 貴族にとって領地は大事なものでしょう?」


「領地といっても山間の不採算地域だ。今は子爵領だがここに金を割かねばならず、負担になっているので代わりに負担してくれということだ」


「では、そこまでの道路を建設して観光地化してしまいましょう!」


「観光? 何か見るところがあるのか?」


「王都住まいの方たちでしたら、療養地や自然を身近に感じられるところとして需要があると思います。幸い予算はありますから、ついでに周辺地区も輸送路の再整備をしましょう」


「ふむ。パーティーに合わせてリディたちに指示をしておくか。しかし、相変わらずアーシェはよく考えが回るな」


「庶民感覚が皆さんと違ってあるぐらいですよ」


 これは常々そう思っている。今でもドレスを買いに仕立て屋に行くと緊張するもの。


「いや、それだけの案が出るのはすごいことだ。これからも支えて欲しい」


「はい、今しばらくは。もっともあと数年でしょうけど。ユリウス様もそろそろご結婚の時期でしょう?」


「それなら、アーシェはどうなのだ? これからもここに住みたいとは思わないのか?」


「それは……ですが、私も侯爵家の令嬢です。わがままは言えません」


「我が儘ではなく、そのままお前の希望を叶えることが俺なら出来るのだが」


「ユ、ユリウス様……」


 じーっとユリウス様の目が私をとらえる。そんなに見つめられたら恥ずかしい。私もこの三年、全くそのようなことを考えなかったわけではない。でも、相手は生粋の貴族にして侯爵家の跡取りだ。平民どころか元冒険者の私が釣り合う相手ではないのだ。


「王都に着くまでに考えておいてくれ」


 というからには私に考える時間をくれるのか、そう思っていたのはその日だけ。次の日から出先どころか研究所にまで押しかけて来た。関係者以外立入禁止ですと言うと、侯爵家の事業確認に来ているからという屁理屈から始まり、話が出来るように薬学を学び直したとか言い出してきた。研究員も勝手に空気を読んで、隣の席を空けるしなんなのよもう。



「で、なんで私がプロポーズを受けると思ったんですか?」


「あの時、お前の顔をずっと見ていただろう?」


「それが何か?」


「あの時、反応をつぶさに見ていたからな。俺も貴族だ、勝算がないのであれば攻めはしない」


 ということはユリウス様は私が好意を持っていたと確信したから攻めたってこと? それって卑怯じゃないかしら?


「貴族に駆け引きは付きものだろう? それより式の準備だ。殿下も出席するというのに無様なことはできんぞ」


「分かりました。でも、笑わないでくださいね。お父様たちが張り切ったせいで豪華すぎるんですよ」


「それだけ魅せがいがあると理解しろ」


「…そういうのは誰にでも言っちゃだめですよ」


「当たり前だ」


 アーシェ・ティリウス。薬師の家に生れ落ち、冒険者を経て貴族となる。のちには侯爵家夫人となり数々の新薬と既存薬の改善をなす。これはそんな彼女の一つのエピソードである。



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