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 私の名前はアーシェ・ティベリウス。現在、ティベリウス侯爵家の養女として迎え入れられ、マナーの特訓中だ。


「はい、そこまで! 頑張りましたね。一通り、マナーとダンスはよろしいですよ」


「ありがとうございます。セルバン男爵夫人」


「いいえ。こうしてあなたのマナー講師を務められて幸せでした。侯爵様には感謝してもしきれません。我が家やあなたのお母様の生家では、あなたを引き取る余裕もないのですから」


「お気持ちだけで十分です。母もきっと喜んでいますよ。私も母の生まれた領地のために何かできないか探してみます」


「いいのよ、そんなことまで考えなくて。貴方の母親であるグレタには無理ばかりさせたもの……」


 私にマナーを教えてくれているのはセルバン男爵夫人。私の母の姉に当たる人で、半年前まで平民だった私に貴族のマナーを教えてくれた女性だ。そう、私は半年前まで普通の冒険者だった。



「アーシェお姉さま。今度我が家にいらっしゃいませんか?」


「ミリア、家に行っても良いの?」


 今日も冒険者としての活動を終えてギルドから出ようとすると、妹分のミリアから家に誘われた。彼女は同じパーティーではないものの、よく私に話しかけてくる可愛い後輩なのだ。


「はい! アーシェお姉さまには以前から来ていただきたかったのです!」


「それならお邪魔しちゃおっかな」


「約束ですよ! 一週間後に王都へ行きましょう!」


「えっ!? あなたの家って王都なの?」


「正確には違いますが、そんな感じですね」


「王都なんて依頼でしか行ったことないから、楽しみね」


 その時、私はCランク冒険者としてネピドーという町で活動していた。一年半前に唯一の肉親だった母を亡くした私は、住んでいた村に愛着もなかったし元々町での生活にあこがれていたので、家を売って冒険者になるために出てきたのだ。母は流れ着いた旅人で村人とも交流はほぼなく、薬師だから村からすると助かる。その程度の付き合いだったからだ。


「アーシェお姉さまの薬にはうちも助かりましたから」


「あの薬ね。でも、あれは母から教えてもらっただけだし……」


「それでもお姉さまの歳であれだけの薬は中々作れませんよ」


「そうかな?」


「そうですよ。それじゃ、約束しましたからね」


「はいはい。じゃあ、一週間後に王都の……どこにする?」


「中央広場前で!」


「中央広場前ね。時間は十時でいいわね。待たせるかもしれないけどよろしくね」


「はい!」


 ミリアと約束して宿へ戻る。王都までは町から馬車で一日かかるからちゃんと準備しないとな。



「これとこれとこれはいらない。簡易の製薬キットは持って行かないと。マジックバッグは五メートル四方までだからきちんと選んで持って行かないとね」


 私は冒険者だけど副業として薬師も営んでいる。店は持ってなくて、ポーションを扱っている店に売るだけだけどね。ミリアともそこで知り合った。家族が病気にかかって薬を買いに来たミリアだったけど、その薬は珍しい材料を使っていて店にはなかったのだ。そこで私が代わりに作ってあげて以来、お姉さまと依頼に引っ付いてくるかわいい妹分だ。


「それにしてもこの魔道具にも感謝しないとね」


 荷物を整理していると、古いイヤリング型の魔道具が出てきた。記憶の中の元気だった母がつけてくれたものだ。『これは村から出る時に外しなさい。それまでは決して外してはダメよ』この言葉を守り続けて村から出て初めて外した。すると今まで白い髪だったのが、日増しに銀色を帯びてくるようになった。それに合わせて今まで初歩的な魔法しか使えなかったのが、様々な魔法を使えるようになった。後で調べてもらったら、どうやら魔封じの魔道具らしかった。


「でも、こんなにきれいな銀髪になるなら、村にいる時から外したかったよ。おかげで散々いじめられたし」


『や~い、しらがおんな!』とか、村の子たちにはかなり言われたのだ。思い返すだけでも腹が立って来る。まあ、このお陰で魔力も高くなったから冒険者となった今では感謝してるけど。

 魔力は使えば使うほど強くなる。この魔道具は魔封じの他にも魔力を吸い取る作用があって、常に魔力を消費していたから私の魔力は同年代よりもはるかに高い。その魔力を生かして立った一年でFランクだった冒険者ランクも今やCランクだ。


「そうだ! みんなに言わないと。しばらく、王都に行くから依頼受けられないって」


 こんな私でもDランクになるとちょっとした噂になってパーティーに迎えてもらえた。今は週に三回ほど依頼を受けて、残りの日は休みに当てるか薬を作って生活している。この町じゃ、アーシェと言えば冒険者としても薬師としてもそこそこ名前も売れているのだ。


「よし! みんなにも伝えたし、王都に行くのが楽しみだなぁ……」



 こうして一週間が過ぎ、私は無事に王都に着いていた。もちろん、冒険者として依頼も受けて。依頼内容は荷物の輸送だ。そんなに高額な依頼ではないけど、マジックバッグもあるし往復の代金の足しにはなる。


「本当は護衛依頼も受けられたらよかったんだけど、私ひとりだけだしね」


 他のパーティーと一緒に受けてもいいんだけど、こっちは一人だけ。依頼料もそんなに回してもらえないし、最悪到着日がずれる可能性もあるので見送ったのだ。


「さて待ち合わせ場所に行かないとね。宿は……まあ泊めてくれるでしょ」


 こうして何も知らない私は意気揚々と中央広場に向かった。


「アーシェお姉さま! こっちです」


「ミリアお待たせ……って何そのかっこ?」


 待ち合わせ場所に着いたミリアはなぜかドレス姿だった。王都では平民でもドレスを着るのが流行っているのだろうか?


「さあ、馬車に乗ってくださいね」


「う、うん」


 男の人が馬車の扉まで開けてくれるんだけど、流石は王都だ。今まで依頼で来てすぐにとんぼ返りしてたから知らなかったよ。こんなに町を行く馬車のサービスが良いなんて。


「街馬車なのにいい馬車ね、ミリア」


「お姉さまったらおもしろいことを言いますわね」


「そうかな?」


 たわいのない話をしながら十分ほど馬車に乗ると、馬車が止まった。


「着いたようですわね」


「結構長かったわね。同じ街中なのに」


「まあ区画が違いますし」


「区画?」


 何のことだろうと思っていると、ドアが開いた。そして、目の間にあったのは大きいお邸だった。


「な、なにこれ!?」


「うちの邸ですわ。さあ、アーシェお姉さま、どうぞ」


「どうぞって、まるで貴族の邸ね」


「貴族の邸ですよ。しがない男爵家ですけど」


「ミリア、あなたって貴族だったの?」


「むしろ、アーシェお姉さまは今まで知らなかったんですの? 私が貴族なのは有名な話ですけど……」


「全く知らなかったわ」


「それより、早く中に入りましょう。父が待っていますわ」


「う、うん」


 そういえば、妙に丁寧な話し方をするなぁと思っていたけど、まさか貴族だったとは……。中に通されると客間に案内される。流石は貴族様だ。街の宿屋じゃ見られないようなものがたくさんある。


「どうかしましたか?」


「いや、見慣れないものがいっぱいあるなと」


「まあ! うれしいですわ。それでも家は男爵家なので控えめですけど」


「これで!?」


 調度品を見ていっても、どれも平民では手が届きそうにないものばかりだけど……。


「ええ。伯爵様ならもっとすごいらしいですわ。まあ、私は見たことありませんが」


「ここより凄いなんて想像つかないわね」


 平民との意識の違いに圧倒されている間に彼女の父親がやって来た。


「遠路はるばるようこそ、ディード男爵家の邸へ」


「お、お招きいただきありがとうございます」


「よい、平民と聞いている。礼は不要だ」


「そうですわ、お父様。アーシェお姉さまは我が家の恩人ですもの!」


「恩人?」


「以前にお姉さまに薬を頂いたでしょう? それで、弟の病気が治ったんですの」


「ああ、あの件ね。まあ、ちょっと珍しい材料を使う薬だったからね。でも、市場でも手にはいるものよ」


「いや、その件では世話になった。どうか、今日はゆっくりしていくとよい」


「ありがとうございます」


 そういえば、彼女の父親がいたんだった。ミリアと話しててすっかり忘れてたわ。というかさっきから男爵様がじっとこっちを見ているんだけど……。


「ど、どうかしました?」


「ううむ、どうにもどこかで見た気がしてな。どこだったかな?」


「私をですか? 王都には冒険者として依頼を受けに来たぐらいですが」


 Cランク冒険者は王都ともなれば溢れかえっている。貴族が指名するのであればもっと高位の冒険者を選ぶはずだけど。


「そうではない。もっと別の……」


「お父様、どうなさいましたの? まさかそうやって、夜会でもうら若き乙女にお声をかけておりませんわよね?」


「バカを言うな。そうか! 夜会だ。先日参加した王城でのパーティーだ!」


 いいことを言ったとばかりに男爵様が声を大きくした。一体どうしたんだろう? 私には貴族の知り合いはいないけど。あ、いや、今はミリアがいるのか……。


「王城のパーティーがどうしましたの? 確かに先日行かれたのは年に一度の集まりでしたが……」


「ああ、そこでお見かけしたティベリウス侯爵様に似ているのだ。その髪の色が」


「髪の色ですか? ただの銀髪ですが」


「いや、銀色の髪を持つものはこの国では珍しい。他国でもそんなにいないはずだ。だが、我が国には代々銀髪の家系がいらっしゃるのだ」


「それが侯爵様ですの?」


「ああ、侯爵様の髪の色に似ているのだ。失礼だが生まれは?」


「母は旅人で父は分かりません。生まれはここから少し離れていますがザイン村です」


「む、そうか。しかし、珍しくも見事な銀髪だ。父親も分からぬということだし、一度確認してもよいか?」


「そんな、お父様! 侯爵様には簡単にお会いできませんわ」


「それは問題ない。魔道具を使うのだ。ほら、お前にも見せたことがあるだろう? 家系図作成用の魔道具だよ」


「ああ、あれですか。確かにあれなら二代前までは遡れますわね」


「そ、そんな魔道具があるんですか?」


「ああ。平民は血統など気にせんから知らないだろう。貴族は魔力の強いものや、実子の確認などで使うことがあるのだ」


 へぇ~、そんな便利なものがあるんだ。まあ貴族じゃないだろうけど。その時の私は父親の名前が分かると、ちょっと嬉しくてほいほいと誘い水に乗ってしまったのだ。これが運命の分かれ道とも知らずに…。


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