まだ恋してはいないけれど
「私、いじめられてたんです。中学の時、一部のクラスの女子に。まだあまり誰かは思い出せていないのですが、多分この高校にはいないです」
「……」
「だから私、基本的に逃げるようにクラスの男子と話してて、それもあまり居心地がいいものではなかったけど」
僕の方は見ず、どこかにつぶやくような大きさで、美津島は続けた。
「そんなつらい記憶は、不登校になってからしばらくして、消去されてしまいました。記憶を喪失するというやつですね」
「……」
「私、でも、一人近所に仲がいい女の子がいて、それが、山本先輩だったんです」
「ああ、山本さん」
美津島に協力的だったのは、何か、狙いがあったのだろうか。
「山本先輩と私は昔からの付き合いだったので、山本先輩を忘れたりはしていませんでした」
「なるほど」
「そんな山本先輩に私は言ったらしいんです。記憶をなくす、少し前に」
「おお、なんて言ったの……?」
「私、好きな男の子ができました。その人と話せるだけで、今はちょっぴり、楽しいです」
「……そうか」
僕は考えた。
僕はラノベを読みすぎていたから不思議に思わなかったけど、一つ不思議なことがあったのだ。
それは、美津島が、あまりに高頻度で告白されているということだ。
今考えればそれは……。
山本さんが、片っ端から告白するよう頼んでいたのかもしれない。美津島と同じ中学出身の男子に。
そうすれば、いじめによって一緒に消えてしまった、美津島の恋心が、再び芽生えるかもしれない。
そう考えたのかも。
けど、結局その作戦はだめだった。
でも、たまたま、告白の舞台となる屋上の隅に僕がいて。
そして、その僕に、美津島は興味を持って。
そして思い出したのだ。
僕と、塾の自習室でたまに話す関係だったということを。
「あの、もうお分かりだとは思うのですが、私があの時好きだったのは、谷口先輩です」
「……そうか、ごめん」
僕は美津島の表情を読み取ったうえで、そう言った。
当時の美津島にとっては、僕と自習室で話す少しの時間が楽しかったのかもしれない。
でも、それはだめだ。
ほかの時間があまりに楽しくなさ過ぎただけだ。
今は、見ればわかるよな。
僕は、陽キャの人々の人間関係について詳しくなれることに優越感を覚えるタイプの情けない人間だから。
読んでる本も、モテない人が現実逃避するのに適したラノベばかりだ。
そんな僕を、美津島は好きにはならない。
ラノベ的に言えば、リア充カップルか告白している人しかいない屋上で本を読んでる陰キャでぼっちな僕に、美少女後輩が惚れたりするはずはないのだ。
「私……今も、先輩に恋をしているかと言われると、自信はないです」
「うん。それでいいと思う」
僕はうなずいた。
でも。
なぜか、図々しいことに、続きがあってほしいと思った。
そして……美津島は続けた。
「あ、あの、だけど、これから、時々、ここに遊びに来てもいいですか? 先輩とお話ししたいと思うので!」
「ここって、屋上の隅に?」
「はい」
美津島は笑った。
そういえば、美津島が笑ったのって、僕は今初めて見たのかも。
だから僕も笑って言った。
「いつでもいいよ。また、ぼちぼち、話そうか」
「はい!」
今日はとてつもなく天気がいい。
久々に屋上の隅まで届く鮮やかな夕日が、僕と美津島に、ぼんやりとだけど、光を当てていた。
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