Trick or Treat?
ハロウィンには仮装パーティーを開く。
そんな風潮もないうちの田舎の中学校に超美人の英語の先生がいた。
金髪に青い瞳の人形みたいな先生だった。
10月31日頃になると、先生は沢山のお菓子を持ってきて、俺たちに聞いた。
「Trick or treat?」
英語が大嫌いな俺だったけど、お菓子が欲しくて必死にその英語を覚えた。
「トゥリック オア トゥリート?」
そう発音したら、お菓子を貰えた。
先生はわざわざアメリカからお菓子を取り寄せたみたいで、英語が書かれたお菓子をその英語が言えた子には配っていた。
中学を卒業して、高校は別の県に行ったけど実家から通っていたので、中学校の話も耳に入ってくる。
英語の先生はそれからしばらくして、中学校をやめたらしい。
理由はわからない。
で、今。
俺の目の前のあの英語の先生がいる。
後から知ったんだけど、あの英語の先生はALT(外国語指導助手)で結構若かったらしい。中学生から見たら、大人でずっと上に見えたけど。
俺は今年で、23歳。
あれから8年も経って、ちょっと俺はちょっとおっさんぽくなってるのに、目の前の彼女はあの時もままだ。
最初見た時は幻かと思ったくらいだ。
「えっと、ミヤギくんだっけ?」
あの時は片言の日本語だったのに、先生は流暢な日本語で俺に話しかけてくる。
「ミヤコです」
「ミヤコくんね。女のコみたい。その顔は物凄い男っぽいのに」
「それ、先生。中学校の時も言っていたから」
「そう。そうなのね。っていうか、先生っていうのヤメテ。恥ずかしいワ。シンディって呼んでよ」
「し、シンディ……」
「そう」
先生……いやシンディは魅惑的な笑顔を俺に見せる。あの頃は白いシャツに、黒いパンツスカートという清楚系だったのに、今日はなんというか激しい。真っ赤なワンピースに同色のブーツを履いてる。
っていうかこれ、ハロウィンのコスプレか?
もしかして、キャットウーマンとか?
いや、赤はないか?
目の前とシンディと再会したのは偶然だ。
くそみたいなハロウィン騒ぎの中、バイトを終わらせてアパートに戻る途中、なんか気分悪そうな人を見つけた。そのまま無視しようかと思ったけど、変な奴らに絡まれそうだったので、俺が先に声をかけた。
そしたら、それがシンディだったわけだ。
「せ、シンディ。一人で家に帰れる?」
「無理、無理。家に泊めて」
「はあ?馬鹿なこというなよ」
「ただは言わないわ」
「え?」
真っ赤な唇が誘うように閉まったり、開いたり。
「ふふ。可愛いわね。食べてあげる」
真っ赤なマネキュアが塗られた指で頬を撫でられ、俺はその場で昇天しそうになった。んで、アパートに連れて帰ってしまった。
「先にシャワー借りるわ」
慣れているのか、彼女は勝手にそう言って、浴室を俺に聞いてから歩いていく。
--とうとう、童貞ともおさらばか。
シャワーが流れる音が聞きながら、興奮してどうもこうも落ち着かない。
それで何か飲もうと思って冷蔵庫を開けると、そこにあったのは梨のジュース。うちの親が毎年作って送ってくる梨のジュース。まあ、うちの田舎は梨で有名だけどさあ、ジュースにして送ってくるか?そう思うんだけど、めんどくさがり屋の俺にぴったりだと、いつもジュースにして送られてくる。
冷たい梨のジュースをコップに注いで飲んでいると、妙な興奮が冷めてきた。梨の香りは俺の実家の香りだ。そうして冷静になった俺だったが、現れたシンディにまたしても度肝を抜かれた。
「タオル、借りたわね」
タオルを体に巻き付けていたが、胸がギリギリ隠れるぐらいだし、化粧は落としてないのか、ぽってりとした真っ赤が唇はそのままだ。冷静になったはずなのに、俺はまた熱にやられる。
「あら?それ梨ジュース。飲んでもいい?」
「あ、いいけど」
色っぽさはどこに行ったのか、子どもみたいに無邪気に聞かれ、新しいコップを用意する。
「美味しい……」
彼女はコップに並々に注がれた梨ジュースを飲み干すと、小さく息を吐く。
満足そうな彼女の顔は、8年前の英語の先生そのままで、俺は急に気持ちが萎えた。
「シンディ、先生。俺の服貸すから、朝になったら帰れよな。俺は床で寝るから」
「え、ちょっと……」
「先生は先生だ。俺の憧れだった。こんな風になるのはやっぱり嫌だ」
「……いい子ね」
「いい子って、先生。何歳なんだ?」
「さて、何歳でしょう?そんないい子にはご褒美をあげたくなっちゃうわね」
「じゃ、お菓子頂戴」
「ハハハ。Trick or treat ね。いいわ。後で届けて上げるから」
その日、結局俺は服を貸しただけでも何もしなかった。ダウンジャケットをつけたまま、床に転がって寝ていたら、朝になって先生はバイバイっていなくなった。
あっけなかった。
だけど、あのまま彼女と寝てしまったら、多分後悔したかもしれない。
数日後、宅急便のお兄さんがやってきて、開けるとそれは箱一杯のお菓子だった。
しかも8年前と同じく、アメリカか、どっか産の英語が書かれたいたもの。
めちゃくちゃ甘かったり、どぎつい色がついたお菓子ばっかりだったが、俺の気持ちは懐かしでいっぱいになった。
「これ持って、ちょっと家に帰ってみるか」
就職できなかったのに都会に拘って、バイトを掛け持ちしながら、この街で暮らしていた。家にも気が付いてみれば2年くらい実家に戻っていない。
「お土産にちょうどいいかもしれない」
そんな風に思いながら、俺は帰るために安いチケットを探した。