気合の合気道
「うわ、すごい」
思わず出た声は、感嘆の声だった。
塔の中は思った以上に活気付いていた。
所狭しと並んだ店は色んなものを売っている。
転移魔法陣のある場所は一つ上の階だ。転移できる場所はなにも学園だけではない。
そのため、この塔の一階にあたるこの場所は人通りの多いことからいつもたくさんの店が出店しているのだという。
「なにか買いますか?」
きょろきょろと周りを見渡すのを見かねて、アイヴァンが提案してくれる。ほんとうに気の利く優しい子だな、と茜は同じ歳のまったく気の利かない弟を思い出しながら感心する。
「あ、と、記憶が戻ってから外に出たのは初めてで……何か買うお金も持っていませんし、大丈夫です」
学園での昼ごはんなどに使えるというお金はもらっていたけれど、それはあくまでもご飯のためのお金。しかも茜はまだこの世界の金銭感覚がない。
ここでお金を使ってしまってお昼を食べることができなくなる、ということもありえてしまう。
ここは、財布の紐は緩めない。
ちゃんとお金のことを学んでから買い物をしても遅くない。
アイヴァンくんは、「そうですか?」と言い、周りを見る。青く澄んだ目がきょろ、と動いた。
「あ、ちょっと待っててください」
いうやいなや走り出した小さな後ろ姿は店の雑踏の中に紛れ込んでしまった。
「え??」
突然一人で放り出されてしまい、呆然とする。ちょっとってどのぐらいのこと?
どこに向かえばいいのかを知らされていない茜は、とりあえずアイヴァンの帰りを待つしかない。せめて一緒に連れて行って欲しいんだけど……。
人混みの中で立ち止まっているとひどく目立つ。人の動きの少ない場所は少しだけ移動する。
なんだか無性にそわそわしてしまい、意味もなく何度も髪を触る。
周りの人から自分はどう見えているだろう?
おかしなところはないだろうか。ちゃんとこの世界のリッチェルになりきれているだろうか……。
目が泳ぎまくり、変な汗までかいてきている。
華奢な骨づくりのリッチェルは肉付きこそないが、十分に可愛らしい顔をしているから、一人で所在なげに立ち尽くしているとこんなことになるんじゃないかとは思ったけれど、案の定、だ。
にやにやした笑みを張り付かせた男性三人連れに話しかけられる。
「もしかしていまひまだったりするー? 俺たち遊んでくれる子探してるんだけどぉ」
などと言っている。へぇ、この世界にもナンパという文化はあるのか。婚約者とかリッチェルは硬い感じで相手がいるからこの世界の人はそんなものなのかと思っていたが、違うらしい。
その辺についても自衛のため教えてもらっておいた方が良かったなと思う。
とはいえ、知り合いですらない男の子達にかまってやる必要はない。ないのだが、だんまりを決め込んだ茜にまとわりつくようにして三人の男がそれぞれ話しかけてくる。
「ほんとにかわいいね、彼氏とかいる?」
「まだ朝だしお腹減ってたりしないんだったら軽くなにかお店で飲むとかでもいいし」
「今日は学校サボっちゃいなよ」
羽虫が飛んでブンブンとうるさいなぁ。
出来るかぎりの圧迫感を出しつう、ギッっと睨みつけたのを見て「お。オレ、気の強い子大好き〜」と言われてしまって、さらに腹が立つ。
「人を待ってるので」
さっきからこの言葉ばかりを繰り返している。あまり話すと言葉が上手くないのがバレてしまう。バレると舐められる可能性が高い。
茜は言葉少なに拒否する。
けれど、それを断り文句だと思われている節がある。
「そんなつれないこと言わないで……さ」
一人に顔を覗き込まれる。
距離の近さに嫌悪が湧く。
隣の男が、リッチェルの腕を掴んだ。
「ウワッ!」
瞬間、その男は床に倒れ込んでいる。
「触らないでください……」
相手の力を利用する。
それが合気道の極意だ。
それはこっちの世界であっても変わらない。腕を掴まれたその力をにがしつつ男が体勢を崩すように重心をコントロールするのだ。
周りの人たちは男が転んだことで、茜が絡まれていることに気付いたようだが助けに入るそぶりはない。
可憐な乙女が男三人がかりで襲われているのがわかっているというのに……非情なのは日本と変わらないのか、と嘆息した。
「リッチェル!」
心配そうな声が聞こえて、先ほどいたあたりにアイヴァンくんが戻ってきているのが見える。
が、すでに絡んできていた男は床に伏している。
「大丈夫ですか!? 怪我は!?」
常にない慌てた様子で、リッチェルの手をとり顔を覗き込むようにして怪我がないか点検される。
手の大きさはリッチェルの手と大差ない。さすが男の子だなと、感心する。
「大丈夫ですよ。全然……えーと、怪我なんかもありません」
「申し訳ありません。僕があなたから離れてしまったから……」
まぁ、人の少ないところに移動したのも悪かったとは思うんだけど。アイヴァンが待っててといった場所は色々な店から近い。
「勝手に移動してしまってすいません……」
「いえ、そんな……僕が悪いんです……」
完全にしょぼくれてしまったアイヴァンくんの頭を撫でる。
おしゃれな髪型ながら丸い撫でたくなる後頭部をしている。
「……あの……」
「あっ、あっー、ごめんなさい!つい弟にするみたいに!」
「弟? リッチェル様には弟が……?」
訝しげな声で茜は気付く。
あう、そうだ。リッチェルは一人っ子! 生意気な弟なんていないんだった。
「いえっ、弟がいたらこんな感じ、かなって思いまして」
「確かに僕はリッチェル様よりも年下ですが……」
複雑そうな表情をしたアイヴァンくんは、不服そうにしている。しきりに自分で自分の頭を撫でて、何かを確認していた。
続きがんばります。
評価やブクマいただけると嬉しいです。