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オトナリ

 


 透明な車みたいなナニカ。


 学校までなにで行くのか。

 その答えがこれです。


 このナニカで転移陣というのがある建物まで行って、そこからナニカは降りて歩いて行くらしい。

 そとから中が丸見えなので、セキュリティ的にはばっちり安全だし、運転は完全にオートなので、楽ちんシステムだ。

 ……これも魔法なんだろうか。


 アイヴァンくんは向かい側に座っている。椅子に座るとくるぶしが露出する。

 なんていうかいけないものを見ているような、ありがたいと拝みたいような。

 女の子のニーソックスの隙間を見てしまう心理が理解できた気がする。


「ええと、アイヴァン、は私と同じ授業を選択する予定、ですか?」


 それとも、学校の送り迎えだけの面倒を見てくれるだけなのか。それによって色々対応が変わってくる。


「そうですね、絶対に受けたいものはないので、迷惑で無ければご一緒してもよろしいですか?」


 アイヴァンくんは丁寧な話し方がかなり板についている。弟の楓に爪の垢を煎じて毎日朝の牛乳に入れて飲ませたいところだ。

 

「ええと、では、あとで選択する授業を、相談してもいいですか?」


 アイヴァンくん相手にかしこまった言葉遣いを崩さないのは、相手が完璧に隙のない敬語を使ってくるからだ。アイヴァンくんのお家はかなりしつけに厳しいと見た。

 

 透明なだけあって、景色はかなり見やすい。

 リッチェルの家もそうだが、家の屋根の色はほとんどが鈍い朱色で、ところどころにあるお店の屋根は緑や茶色、深い青色などで、もしかするとお店の種類によって屋根の色が決まっているのかも知らない。

 家の壁はほとんどの場合白か、ベージュ色でそれが屋根の色彩を際立たせている。

 運転手のいないクルマもどきは、茶色い道の真ん中を軽快に滑っていく。

 車酔いのひどい体質だったのだけれど、身体はリッチェルのものだからか、車もどきだからか気持ち悪区なることはない。

 流れていく景色を楽しむ余裕すらある。


「……リッチェル様は、記憶を取り戻したいですか?」


 黙って微笑んでいたアイヴァンくんが、おもむろに質問してくる。その表情は硬い。


「そりゃ、色々知りたいと思い、ます」


 リッチェルが何をしていたかを調べないことには始まらない。


「記憶をなくす前のあなたは、今のあなたとはまったく違っていて……音の鳴る箱、覚えていますか?」

「えーと、前にお見舞いにくれ、ましたよね?」


 言葉がわからずにふてくされていた時の癒しの箱だ。あれはかなり、ありがたかった。


「あの箱の曲は、私が作ったものなんですが……」

「えっ!? そうなんですか? すごいですね!」


 驚きで大きな声を出してしまう。アイヴァンくんはその音量に驚いたように目を丸くしている。


「ええと、まぁその、だから、手放したりするとすぐにわかるようになっているんです」

「へぇ、なんかわからないけど、そうなんだ?」


 なるほど、まったくわからないけど、そうなんだ。覚えておこう。


「あ、と。そうでしたね、記憶がないということは、そのことも忘れてしまっているんでしたね。すいません」


「え、と、まぁ、以前もあの音のなる箱ーーオトナリと言うんですがーープレゼントしたことがあったんですが……すぐに手放してしまったみたいで……」


 おぉ、リッチェルは手放したら作り手のアイヴァンにはすぐにわかることを知っているというのに、鬼畜な所行だなぁ。

 それとも作者を知らなかった?

 疑問に答えるように、アイヴァンくんはさらに付け足してくれる。


「十七歳の誕生日には婚約者から、曲をプレゼントするのが慣例なんです」


 と、言うことは今年の話か。

 なるほど、リッチェルは確実に確信犯なのが今わかりました。

 なんと言ったらいいのやら。

 いや、ひどい女だな、リッチェルって。


「記憶が戻ると記憶を忘れていた間の記憶は無くなってしまうんです」


 生真面目な顔で言われて、そうなんですね、と曖昧に返す。

 まあ、ここにいるのは小嵐茜の魂ですから、元に戻ったらその間の記憶は無くなるのが普通かな。


「えーと、なにが言いたいかというとーー記憶を思い出すのはやめにしませんか、と言うことです。正直、前のリッチェル様よりも今のリッチェル様の方が……私は好きなので……思い出して、前のリッチェル様に戻って欲しくない、です」

 

 じっと見つめられると、その日本人にはない目の色がよくわかる。黒いまつげも猫のような釣り気味のアーモンドアイも馴染みのあるものはなのに、その色彩がこの世界の異物である茜を意識させる。


 健気なことを言ってくれているのは大変嬉しいんだけれども、私はやっぱり、自分の体に戻りたい。それは揺るぎない。

 

「そう言ってもらえて嬉しい、けど、思い出さないといけない……から、ごめんね。今の私の方が好きなんて言ってもらえて嬉しい、です」

「そう、ですよね。すいませんいきなり……」


 アイヴァンくんは落胆したようなほっとしたような複雑な表情をした。その幼さは年相応の顔だ。

 肩に入っていたちからが抜ける。

 

 リッチェルのひととなりが多少開幕見えた話だったな。もしかしてお金が必要だったから売っちゃったとか、なんだろうか。だとしたら、なにもかもを手放してでもお金が必要だった理由がわかれば、多少はアイヴァンの気持ちも晴れるんじゃないだろうか。


「もうすぐ着きますよ」


 気を取り直したアイヴァンくんが、前方の建物を見た。

 ほかの建物に比べたらひとまわりほど大きなそれは、塔と呼ぶのが妥当な円錐形をしていた。



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