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【完結】流行りの悪役令嬢転生かと思ったらこれアカンやつや  作者: 更科


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記憶喪失の女




目を覚ますと知らない天井、それがこんなに恐ろしいモノだとは知らなかった。


 自分の知らない人にぐるりと取り囲まれて、口口にこちらに話しかけてきているのはわかるのにその言葉はまったく馴染みのないものだ。

 髪の色は日本人のようなのにその目は外国人のように色とりどりだ。

 その目がじっとこちらを見つめている。


 恐ろしい。


 相手がなにを言っているのか、怒っているんだろうか。大きな声を出して興奮している。

 ぼろぼろと涙が出た。

 女だからと言ってすぐに泣くことには否定的なほうだった。けど、この状況は男女関係ない。限界まで堪えようと唇を噛んだら血の味がした。






 けたたましい目覚ましの音で毎日目を覚ます。眠りの深い私にとってアラーム音の大きい目覚まし時計は相棒と言ってもいいほどの重要な役目をになっていた。

 音の大きな時計を探して誕生日プレゼントとしてくれた幼馴染には感謝だ。

 茜の所属している合気道部には朝練がある。鳴りはじめた目覚ましにうんざりしながら目覚ましの音を止めてから制服へと着替える。

 鏡の前で髪を一つに束ねて、日焼け止めを顔や身体に塗りつける。

 そのルーティーンと化した動きには無駄がない。

 だから土日明けの月曜日。

 今日だっていつもと同じ時間に目覚ましが鳴るはずだった。

 起きたら知らない人に囲まれているなんてことは私の人生には起こらないはずの出来事だ。

 泣いている私に誰も危害を加える様子はない。長い間泣くとお腹が痛くなることを私は初めて知る。しばらくして、ぽんぽんと軽く肩をたたかれて、びくんと大袈裟に思えるほど体が跳ね上がった。

 肩にかかる手からその持ち主の身体、顔へと恐怖を感じながら視線を動かした。

 黒色のつややかな髪に紅い目。日本人ではない目鼻立ちのはっきりした顔立ちの女の人で、おばさん、と言ったら怒られるだろうマダム感のある人だ。


「な、なに……?」


 ひゅっと息を呑んだ私をそっと抱きしめたその人はなにやら口から音を出すが、それがおそらく言葉なのだろうということぐらいしか私にはわからない。

 慣れ親しんだ日本語でも、なんとなく知っている英語でもないその音の意味がわかるはずもない。

 けれど、抱きしめられているということは少なくとも殴られたり、奴隷にされたり慰みものとして扱われることはないのだろうという妙な安心感はあった。

 その女性の隣の厳しい顔をした男のひとはダンディに口髭を整えていて、抱きしめてくれた女性との距離からしておそらく伴侶なんだろう。

 女性が離れると、もう一人ご老人と言って差し支えない男性が歩み寄ってきて、なにごとか話しかけてくるが、意味の理解できない私はぽかんと口を開けたままでせめてもの意思表示に、首を傾げた。とはいえ、首を傾げる仕草がどういう意味を持つのかもわからない。

 ここは日本ではないのだろう。


 それだけを確信している。






 お腹がすいたなと思えば食べ物が運ばれてくる。それだけでここは安全地帯なのだとは理解した。 

 何を言っているのかわからない人たちも、こちらを害なすものではなく、どちらかといえば心配しているようにも思える。

 リッチェルという言葉を何度も聞いた。


 「り、ちぇる?」


 その単語はどういう意味なのだ。

 なんどもなんどもうるさいのだけど。日本語でお願いします。

 声を出せなくなったわけではない。相手の言葉を繰り返してみる。それだけしか出来ない。

 リッチェルと言うと見張り役の人が驚いてなんども言わせようとしてくる。

 なんなんだ、日本語で意思疎通できたらどんなに嬉しいだろう。

 が、そのやり取りの中で私は早々に気づいた。「リッチェル」というのが自分を指す名前なのだということに。

 どうやらこの人たちは私を小嵐茜こがらしあかねとして認知していない。リッチェルという名前で認識しているらしい。

 違う、と否定する言葉もわからずに、出された食事に手をつけた。

 まだ鏡を見る方はできていないが、小嵐茜だったはずの私はリッチェルと呼ばれている女の身体になっていることは確かだ。

 なぜって、胸がない。

 スポーツをするためには邪魔にしかならない胸元に二つの脂肪。合気道部をたしなむ茜には無用の長物ではあったが、寄せてあげなくても谷間が出来る程度の胸を所持していた。

 けれど今はどうか。

 ささやかなふくらみはあるのだろうが谷間は出来そうにない。

 私の体じゃない。

 それだけは強く感じている。

 おそらくだがリッチェルを取り囲んでいた人たちは家族だ。泣いていた私を抱きしめたのはリッチェルの母親だろう。

 ベットサイドで大きな絵と文字がかかれた絵本を読まれている。

 簡素なワンピースを着た女の人、というのが何人か周りの世話をしてくれている。

 それはメイド、と呼ばれる存在に似ている。

 1日に二度、身体をタオルで拭き取られて着替える。同じ部屋から1歩も出ていないが、ここはきっと大きな家だ。

 寝かされているベッドもやたらと大きい。

 わたしはカラフルな絵でかかれた犬を見る。わんわんと、吠えたてているその絵を見ながら、近くに書いてある蛇ののたくったような形を見る。これが文字に違いなかった。

 何度目が覚めても日本人たる小嵐茜に戻らないことには絶望していた。

 悪役令嬢に転生するという話をいくつも読んだが、それとは違うといいきれる。

 私は生まれてこの方「小嵐茜こがらし あかね」以外の誰であったこともない。このリッチェルとかいう女であった記憶もないし、死んだ覚えもない。

 転生というのは一度死んでからなるものだろう。

 私はぴんぴんしていたし、第六感が叫んでいるのだ。

 この身体は自分のものじゃない!

 けれど、どうすれば元に戻れるのかまったくわからない。

 仕方なく目の前に差し出される絵本の犬を見やる。傍らでメイドさんが犬を指さしてなにか言う。それを盲目的に繰り返すだけ。

 死んでいないのがせめてもの救いと思えればいいのだろうが、これが私の体ではないのならこの身体になってしまった理由があるはずだ。

 普通に生きていてこんなことになるはずがない。

 誰かが私に何かした。

 それは間違いようのない事実だ。

 



ーーー


 お父さんお母さん、ついでに弟。

 みんな元気にやっていますか、っていうかそっちの私の身体はどうなっているんですかリッチェルの中身が入っているんでしょうか。

 だとしたらそちらで私も記憶喪失扱い中なんでしょうか。

 それとも意識不明の植物人間ですか。植物人間だとしたら維持にかなりお金がかかるのではないでしょうか、大丈夫かな諦めて荼毘に付されたりしてないかな。

 大丈夫だと信じることしか私にはできませんが……

 茜は一応元気にしています。

 たまにはらわた煮えくりかえって部屋の壁を殴っていますが、そこはご愛敬。

 現状打破の機会が欲しくて震えています。



 家族も友達もいないさみしさを紛らわせることができるはずのツールとしてのインターネットがない絶望。

 携帯依存症とまではいかないがそこそこ携帯電話の恩恵にはご相伴預かっていたわけで、人と話もできないわ本を読むこともできないわで日がな一日やることのない私は、仕方なく積み上げられた絵本を開いた。

 かわいい動物たち……。

 見たこともないような動物もたくさん載っている。

 共通点はもふもふ。

 絵があればなんとなくのストーリーぐらいはわかるのだから絵本というのは素晴らしいですね。

 何日かに一回医者と思しきおじいちゃんがやってきて身体を見ていくが、体は健康そのものだろう。

 要は中身がおかしいのだ。

 暇すぎた私はその状況に対する仮説を立てていた。

 この世の中に魂というものがあると仮定する。

 魂の概念は詳しくは考えていないが、とりあえず私が私という自我を持った何かである魂がこの体リッチェルのものと入れ替えられたのではないか、という説である。

 とはいえこの世界は自分の住んでいた世界と全く違うので、そういう魔術めいたことができるのかも不明だしそもそも日本がこの世界から観測できる世界なのかというのも不明だ。

 わからないことだらけで、仮説を立てるとこうなる。

 ともかく何を考えるにも言葉と文字が必要だ。

 この世界に文字という文明があって本当に良かった。



 鏡で見たこの身体は、自分と同じ高校一年生のようにもみえたが、この胸の薄さから考えるともう少し年齢は下かもしれない。

 母親と目算されるマダムは豊満なものをお持ちだったし、遺伝というのがこの世界でも同じように行われるのであればこの胸ももうすこし年齢を重ねれば大きくなるんだろう。

 食にこだわりはないが、持ってきてもらえる料理の多さには辟易している。

 基本的に料理は残したくない。

 もったいないから。

 出てくれば出てくるだけ食べようとするから、初めのうちは食べ過ぎて気分が悪くなり挙句の果てには吐いていた。もったいないといって食べたものを吐いてしまうなど惰弱の極み……。

 しかしまったくもってこの身体は胃袋が小さい。

 食べたいものを食べたいように食べられない。細いことが美徳などといった思想は私にはなかった。



------------

 


 さて、あれから何日たったのか数えるのもばからしいほどの月日が経ってしまったが、日常会話に不便がないレベルまで会話を習得してからは、思ったよりも楽だった。

 なんといっても意思疎通ができるという事は質問ができるという事で質問ができるという事は情報が手に入るという事なのだ。

 これはとても大きい。

 大きな家だとは思っていたがこの家は国の要になるような仕事のポストの人間にしか与えられないレベルの大きさなのだという。

 アスフォート家とかいう家名らしいけれど、家名を名乗るのは主人だけらしいのでリッチェルはただのリッチェル。

 年齢としては私と同じ年齢、ではなかった。

 一歳年上だった。かなりの驚きである。

 学校というものに相当するものはあるそうだ。

 リッチェルは学校に通っていたのだが、ある日意識不明で家に担ぎ込まれて言葉も何もかもを忘れてしまっているということで今現在休学中。

 何を教える学校なのかと言えば「魔法」だという。

 魔法だってはああーん? なるほどね。

 わかっちゃいました。

 わかっちゃいましたよ。名探偵木枯らし茜次郎!

 魔法で私の身体をどうにかしたんだ、そうに違いない。

 なんかわからんけど魔法だし杖構えてえいやっってしたんでしょうね、おそらく。

 これは早急に調べなくてはいけないですね。

 というか私話すことができるようになったものの、自分がリッチェルではないということをリッチェルの両親には話せていない。信じてくれるかわからない状態でそれを打ち明けるのはギャンブルすぎる。

 記憶喪失の上、頭がおかしくなったとなればどこかの施設に入れられてしまって何の調査もできなくなってしまう可能性は高い。

 昔から頭のおかしくなった娘の末路は軟禁と決まっているのだから。

 せっかく娘だと思って優しくして頂いているのだからそれはそれとして享受しても罰は当たらないだろう。身体は間違いなく娘なんだし。

 今現在の状況は、意識不明の重体で担ぎ込まれたリッチェルは記憶喪失で自宅療養中、というわけだ。

 外に出ることもないし、会う人間と言えばリッチェルの家族とメイドさんたちだけである。

 兄弟も一人もいないらしく、蝶よ花よと育てられたまさに箱入り娘。

 けれどきっちり婚約者は決まっているというのだからこの世界はわからないことだらけなり。

 この婚約者というのがなかなか優しい好青年で、リッチェルよりも三歳年下らしいがしぐさ態度からしてかなり内面は老成している。

 家名は忘れた。なんか長かった。

 名前はアイヴァンというらしい。

 何度か面会に来てくれているので、すでに面識はある。

 この世界お決まりの黒い髪に目は薄い青。灰色っぽいなとも思う色あいだ。 

 ツーブロックっぽい髪形だなとは思うが少し違う気もする。おしゃれに縁が薄かったため言い表す言葉がわからない。なんかおしゃれな髪形だ。

 面会に来てくれた時にはこちらはカタコトぐらいしか話せなかったため、中身が別の誰かに入れ替わっている事には気づけないだろう。

 いや、両親も気づいていないのだから気づけるわけもない。

 絵本ばかりでは気が滅入るなか、音の鳴る箱をお土産にもってきてくれたこともあり、かなり好感の持てる男であった。

 気遣いの出来るそつのない少年。


 そう、少年。


 私高校一年生。三歳年下となれば、中学一年生か小学六年生。リッチェルからすれば4歳年下ということになる。

 このぐらいの年齢の4歳差というのはかなり大きい。

 少年で間違いない。

 せめて中学生であれ。

 ついでにいえば幼い顔立ちではあるが、クラスにいれば誰か一人二人は彼のことを好いている女子がいるだろうという顔だ。

 まぁ、将来有望な部類ではある。

 でも少年だ。

 残念だが私は弟と同じ年の少年に胸躍らせることが出来ない。

 だって弟ってマジでありえないぐらいばかだし。勝手に人のブラジャーでホックはずす練習とかしやがってまじで許せない。私の下着は絶対に触るなって何度言ったらわかるんだ。

 冷蔵庫の中の私の風呂上りスイーツを勝手に食べたことも星の数ほどあるし、みんなのジュースなのに直接口つけて飲んでやがるし。

 てめーは全部一気に飲み干せないんだったらちゃんとコップに注いでからのめや。咥内雑菌がペットボトルの中で増殖するって何回いったら分かるの?

 バカなの? ばかなんだろうね、うん。


 っと、思い出すだけで弟への新鮮な怒りを感じる。


 記憶喪失の女と婚約を続けることに異論はないのだろうか。

 それとも婚約を続けることに意義があるんだろうか。婚約破棄というのは存外難しいのかもしれなかった。

 婚約なんかしたことないからわからない。

 不思議ではあるが、まだアイヴァンとは婚約者という立場にいる。

 

 

  






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