二章
いわゆる高校デビューとは違う、と思う。
彼方と俺は双子だけあってかなり顔形が似通っているから、頻繁に間違えられてしまう。
しかし幼馴染の茜は見分けかたを心得ている。
茜は昔からの付き合いであるため、俺と彼方の違いは自然にわかるらしかった。どこで見分けているのかと聞いたことがあるが、「え? 声と顔と……動き方……」などと言われてわからなかった。他の人間は声と顔も動きもそっくりと言っているのだ。
茜は「似てるように見せかけてまったく似てない」と俺たち双子を評するが、客観的にみて俺たち双子はかなり双子らしい双子だ。
「……ずいぶん派手になって、まぁ」
彼方は昨日も夜遅くまで遊んでいたようだ。中学で軽音楽部に入ってから彼方は音楽に傾倒している。
たまに夜に駅前で歌っているらしい。酔っ払いやオネーサンがお金を入れてくれることもあるらしく、お金がないときには頻繁に夜の駅前に出かけている。両親からは危ないからやめなさいと言われているようだが、なかなかやめない。
なにかあってからじゃ遅いってわかっているんだろうか。
まだ寝ていたんだろう。寝巻きがわりにしている灰色のスウェットを着たままの彼方は、双子の兄である遥を見て心底おかしそうに笑った。
笑うと八重歯が見えるところまでそっくりでちょっとげんなりする。
見た目はそっくりでも中身はほとんど全部違う。
「俺と間違われるのそんなにイヤなのかよ」
言いながらふわ、とあくびをしながら寝癖がつき放題の髪をぼりぼりとかいた。
彼方は間違われることに関してあまり嫌悪感を抱かないらしい。
「双子だし親でも間違えるんだからさぁ。他人が見分けつかなくても仕方ないじゃん。てか、入れ替わりとか出来そうだし便利だと思えばいいんじゃないの?」
「お前に間違われて迷惑なのはオレだけだからそんなこと言えるんだろ。お前の行いの悪さがオレのせいにされるのはもうゴメンだ」
「んーまぁそうかもね。お前は真面目だもんなぁ。……けど入学早々金髪なんかにして大丈夫か?」
「あそこは校則が緩い。成績さえ良ければ髪を何色にしてもいいんだとさ」
「えーまじ? 知らんかった。まぁ俺はそこまで頭良くないからそんな目立つ色にはしないけど」
「これでオレとお前を間違えるやつなんか一人もいなくなるだろ」
「ほーん、よかったな。茜以外にもちゃんと認識されるってわけだ」
「……そういうこと」
華々しく金髪デビューしたんだし、さすがに茜も驚くだろう。かっこいいと一言でも言ってもらえれば嬉しいんだけどな。
少し浮き足だった気持ちで、待ち合わせ場所となっているマンションの玄関までエレベーターで降りた。
「おはようございます」
妙にバカ丁寧な挨拶をした茜は俺と彼方を交互に見つめる。
「お、さすがの茜も彼方の変身ぶりには開いた口が塞がらないってか?」
「………変身ぶり、ですか」
茜はなんだかいつもと様子が違う。いつもと同じ声なはずなのに与える印象がまるで違うというか……
「え、まさかわからないなんてことないよな? 昨日と今日で雲泥の差じゃん〜?」
「いえ、その、そうですね。とてもいいと思います」
茜の取ってつけたようなその敬語はなんなんだ?
歩き方も動きもなんだかおかしい。楚々としている、というか歩幅が狭すぎる。
俺と彼方はお互いに目を合わせて顔を顰めた。
幼馴染が変だ。
幼馴染というのは同じマンションに住んでいる小嵐茜という。
花の女子高校生になったばかりで、浮かれているのかと思っていたが、やはりおかしい。根本的なところで前の茜と違う。
茜の父親は合気道の道場で師範をしている。こどものころは、自分と双子の弟と茜の三人で、道場で合気道に励んでいた。
男二人は途中でゲームの面白さに目覚めてしまい合気道は辞めてしまった。まぁ一因として茜にまったく勝てないことも決め手にはなっていた。
茜だけはまだ、合気道を続けている。親が、とかそういうことよりも単純に体を動か好きだからだと言っていたが、それだけの理由で何十年も同じことに向き合うことが出来るとは思えない。
他にも理由はあるが、話す必要がないと判断したんだろう。
そういうやつなのだ。
さて、花の女子高校生は同じ学校に通っている。近くに高校がないため、成績がほどほどにいいやつは大体同じ高校に進学する。この辺り一帯で一番大きな高校だ。
俺と茜、双子の彼方は同じ高校に入学した。小学校中学校も同じく学校だったしあまり変わり映えはしない。
茜と一緒に登校しているのは、乗り込む電車が痴漢が頻発すると言われている電車だからだ。
どうせ同じ電車になって登校するのだから、一緒に行ったほうが良い。学校の最寄駅に着いて茜の友達に出くわせば、そこで分かれるし、知り合いにまったく会わない日は教室まで一緒だ。
彼方は朝に弱く、遅刻ギリギリで登校することも多い。まぁ頻度的には週の半分、といったところだ。
結果として茜と俺が二人で、登校している。というかたちになってしまう。
しかも痴漢されないように電車では茜の周りに目を配っている。怪しいおやじが近くにいる場合はそれとなく腰に手を回して移動させたりもするので、付き合っている、と完全に誤解されているが、付き合ってはいない。
俺としてはまぁ、まぁ……やぶさかではないのだが、いかんせん茜にはまったくその気がなさそうだ。
茜の見た目はかなり女らしい。
髪は肩の上でそろえていて、真っ黒。
スカート丈は膝の高さで、靴下は紺色のハイソックスに、黒いローファーを履いている。
一番に目立っているのはその胸の大きさだ。
茜はそれが目立たないように夏場でも大きめのベストを着ている。
本人としては胸が大きいことを気にしているらしく、胸を小さく見せるブラ、なるものが出た時にはかなり喜んでいた。
喜び勇んで着用して「どう!? いつもよりも、目立たない気がしない!?」と朝会ってすぐにドヤ顔していたのを覚えている。言われてみればいつもよりぼいんと出ている印象が薄れている気もする。
……まぁ、普通より大きいのには変わりはない。
「……俺一応男なんだけど? そういうこと報告しないだろ、普通」
「あ、そうだね。そうだった。嬉しすぎてつい。お父さんにも弟にも報告したからその延長で言っちゃったわ。すまん、忘れてくれ」
失敗した、と顔に書いて、茜は真顔で言った。
「わかった、忘れない」
「ええ〜? まぁ、いいけど」
「いいのかよ」
中身はさほど女らしくはない。
男兄弟が、多いからだろう。兄貴はすでに社会人で働いているが、下に弟が二人いる。
ガサツとまでは行かないが、清楚なわけでもなければ大人しいわけでもない。
しかし今日の茜はどことなくアンニュイでおとなしく、毎日通っているはずの道をきょろきょろと見渡してお上りさんのようなもの慣れない様子だ。
どことなしに不安そうな顔をしており庇護欲をそそるそれで、このままいけば今日の痴漢のターゲット間違いなしといった危うげな態度だ。
「なぁ、昨日なんかあったの?」
あまり周りに頓着しない彼方もさすがに気になったのか、茜に問いかけている。
「いえ、なにも」
肩を硬らせた茜の仕草はどう見積もってもなにかあった人間のそれだ。
「……遥今日から金髪デビューなんだけど、気づかなかった?」
ちら、と俺に視線をよこした彼方が茜に別の話題を降っている。
「あぁ、……そういえばそう……金髪というのは目立つのでは?」
「目立つためにやってるんだからいいんだよ」
茜の話し方がどこぞのお嬢様のようでテンポが合わない。
それに……今日の茜はいつもの野暮ったいセーターを着ていないせいで豊満な胸が目立っている。
「今日セーターは?」
「え? ぁっ……、暑い、でしょ……」
確かに今日は猛暑日だ。が、どんなに暑くてもセーター命だった茜の言葉とは思えない。
「茜の胸は目立つからねぇ」
彼方はしげしげと茜の胸元を見ている。
「もしかして今日シャツも着てない? スケスケじゃん」
あけすけに指摘した彼方は柔らかく張り出した曲線から視線を外さない。
そういうところがデリカシーにかけると言われる所以だろう。
「え、と……」
茜は困ったように眉を下げている。
いつもの防衛能力がすべて0になってしまったようなへの字眉だ。張り裂けそうなシャツのボタンとボタンの隙間からブラが見えてしまっている。
炎天下で汗をかけばもっと透けるだろうその下着はすでに白いシャツに浮き上がりつつある。
目の保養であり目の毒だ。
「……ジャージは? 上着持ってねーの?」
マンションから一本出ただけの道にはまだ人気はない。まだ、茜のスケスケブラおよび、ブラチラは俺たち二人以外は拝んでいないということだ。
「あ、と、持ってない、かな」
質問に答える茜は不思議なぐらい目線が定まらない。
「……まだすぐそこだしセーター取りに帰ったら?」
取りに帰ったら遅刻だけど。
茜のいやらしい透けブラを通勤電車で披露するのはなんだか嫌だ。
「セーター無くしちゃって」
「え昨日着てたでしょ」
彼方は昨日の今日で無くしたの? と不思議そうにしている。
「えー、と飛んでっちゃって」
「飛んでった?」
こんな風のない夏に?
つくにしてももっとましな嘘にした方がいい。
たとえば間違えて洗濯して縮んじゃったとか、どっかにひっかけて破れちゃったとか。
それでもいつもの茜なら、俺にベストダメにしたから貸して。明日絶対持ってきてよ! ぐらいは連絡してくる。
「……じゃぁ俺のセーター貸すから。ちょっと取ってくる。彼方と待ってて」
カバンを彼方に預け、俺はマンションにとって返した。
違和感を描くのは難しいですね。




