実践に程遠い理論
ザールディ先生に質問できたおかげで、茜の疑問点はほとんどと言っていいほど解決された。
スッキリである。
リッチェルのいる世界では、自身の他に三人ほどが、同じ魂を共有していると考えられているらしい。
同じ魂を共有している人間が多ければ多いほどその魂は経験を重ねることから深みのある魂になるのだという。
過去に魂を共にする人間と夢で会話することの出来る能力というのは認識されている。
つまりリッチェルの偏光眼の能力が魂を共有する人間の生活をみることだというのはないことはない能力だ。
本人が申告しないと周りが把握するのが難しい能力というのは多々あれど、大抵の場合は周りにポロリと話してしまい能力が明らかになるのだという。
小さな子供であれば夢であったことを親に話しても不思議はない。
リッチェルの場合は両親もリッチェルの能力はまだ目覚めていないと思っていた。ということはリッチェルが能力を誰にも言わずに黙ってきたと言うことだ。
周りに黙っている理由はなんだったのか。
結果的にいえば茜といつか入れ替わるためと考えていいだろう。
いつ能力開花したのかは謎だが、計画的に文字の練習などをコツコツと行っていたところを見るとかなり昔のように思える。
そんな昔から入れ替わりを企てていたのなら準備する時間はたくさんあっただろう。
すべてか急ごしらえの茜音にもう一度それを行うことは可能なんだろうか。
……この身体は偏光眼を持ったままだし、出来ないこともない、と思うしかない。
ザールディ先生が言うには夢見香炉というものが出回っていて、その香炉「夢に見た場所に行ける」という触れ込みらしい。怪しすぎる代物だが、流行っているということは手に入れるのが容易と言うことだ。
実際使ってみたひとは皆一様に「楽しい夢を見た気がするが、なんの夢だったかは分からない」らしく、さらに怪しさが増す。
単に幸せな夢を見せるだけかもしれない。
けれど、未だ元いた世界のことを夢に見ることもできない茜は藁を掴むことにした。
それが途中で千切れても文句は言わない。
いや、やっぱり文句ぐらいは言う。
短いですが、更新の尻叩きに




