辞書の凄味
日本にいたときには辞書の素晴らしさにはまったく気づかなかった。なにせ携帯電話でちゃちゃっと検索すればなんでもわかってしまったのだ。
こんなところで辞書の素晴らしさに気づけるとは人生わからないものだ。
あれから茜は机にかじりついて、謎の日記と思われるノートを解読している。学校に行く日数は目に見えて減った。このノートを訳すのが一番の近道だ。
もう一冊借りていた古語と現代語それぞれでかかれた簡単な本で、古語の言葉の並びなどをあらかじめ、確認している。
まずは古代語をこちらの現在の言葉に訳してから、それを日本語に当てはめる。
新しく買っておいたノートに日本語訳したものを書いていっている。あまり要領のいい方法では無いのかもしれないが、茜にはこうするしかない。
訳してみたものの、その訳自体が正解なのかどうかもわからないのが問題だ。同じ言葉で違う意味を持つ単語が出てくるたびどの意味だろうかと悩んでいる。
少しだけ訳した部分の文章も支離滅裂感がある。
女の子が出てきて遊んでいる? というような文章だ。やはりリッチェルの日記なんだろうか、とページをめくり、茜は固まった。
一ページにわたってひらがな表が書いてあったのだ。あいうえお、から始まる小学生になってすぐに習う文字。
……だがそれは日本でのことだ。
「え? なにこれ?」
クセの少ないリッチェルの字を凝視した茜は、いままで訳した文章を慌てて見直した。
女の子……格闘技…
おんなじ顔した男の子二人……
「もしかしてこれ私のこと?」
書いてある女の子の行動は茜の幼い頃にとても似ている。
幼なじみの双子と遊んでいるときに見つけた子猫は二匹で震えていて、茜の家で一匹、双子の家に一匹ずつ引き取った。
黒猫と斑猫のあまり似ていない兄弟猫だった。
茜は黒猫を引取りミィと名付け、双子は斑猫を引き取った。斑猫は足先だけが白く靴下を履いているように見えるため、タビと名付けられていた。
三人が通っていた道場の前にダンボールに入って捨てられていた。ダンボールには「拾ってください」と書いていた。
ノートの文章はその様子を茜の頭に思い出される。
ずっと続けている合気道で大会に出て、三回戦で負けた話も、落とし穴を作ったはいいが、落ちたのは穴を掘ったのを忘れた自分だった話とかだ。
しきりに双子がかっこいいタイプだ、お付き合い出来るならしたい、など双子に対して並々ならぬ気持ちがあることを書いている。
同じ顔をしているのでイマイチ判別がついていないようでどちらが行なっていることなのかは色々間違えてはいる。
同じ服を着て勉強しに行く、などというのは学校のことだろう。
茜の容姿については言及がない。
書いてあることを見るに、茜の目を通してみているのかもしれない。
リッチェルは茜のことを知っていた?
ならば茜と身体を入れ替えたのはリッチェルだろう。このノートにも、あちらの世界に行きたい、と何度も書いてある。
茜は持ち帰ったもう一つの本を鞄から取り出した。
偏光眼を持っていた人の能力が記載された本である。
リッチェルはまだ能力に目覚めていないと両親は言っていたが、本当はとっくに目覚めているとしたら。過去に偏光眼の能力として目覚めたもののなかに茜のことを知ることの出来る能力が記載されているとしたら。
これはきっとリッチェル自身がしくんだことなのだ。
茜の精神と自分の精神を入れ替える。
そんな能力。
茜は青ざめながら分厚い本をめくる。
本の文字が頭の中を滑っていく。暑くもないのに汗が吹き出して、机の上にぽたりと落ちた。
自分のものでもないくせにリッチェルの心臓が早鐘を打つのが如実にわかる。
酸素が足りない気がして、はぁはぁと息をする音がうるさい。ページをめくる音と古い紙の匂いの中、茜は辞書と格闘しながら読み進める。
「……あった、これなら」
茜の開いたページには、非常に稀な能力、と注意書きがあり、詳細は不明、ある。
見出しは《魂の繋がる異世界の人間の世界を見る》と出ている。魂が繋がる、というのはどういう状態なのか。
それは明日にでも、図書館に行って調べよう。
『異世界で利用される便利な道具などの情報が、わかるため非常に便利』と書いてあるが、それ以外には何にも書いていない。
ようやく茜は帰るための手がかりを手に入れることが出来た。
酷使した目を擦り、今日のところは寝ることにする。興奮して眠れないかもしれないが、身体を横にして休ませるぐらいは出来るだろう。
もうすぐ朝になるという時間だ。
使用人はもう起き出しているのだろう。少し離れた廊下を控えめに歩く音がしていた。
ようやく話がすすんだ感




