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図書館の請い人

 

 緊張しながら学校に足を踏み入れた日から怒涛のように月日が流れて行く。

 毎日知識を詰め込みすぎて頭が痛くなる日すらある。

 とはいえ、なかなか快適な学校生活を送っているリッチェルin茜がいた。

 日本とは違って好きな時に学校に行ってもいいスタイルのため、ほぼ毎日学校に行っている。

 が、さすがに毎日のようにアイヴァンくんにお迎えに来てもらって同伴してもらうのが心苦しいということで、日本と同じように週に五回行って、二回休む。というリズムで通っている次第だ。

 週に、といいましたが、この世界には週なんていう概念はないのでら完全に私の中での見積もりなんだど。

 四季という概念もないこの世界では快適な温度が続いていて、私の服装は概ね代わり映えがない状態というわけで。

 七部丈か五部丈、そのぐらいの偏差。

 ……いや、別に飾りたいとかいうわけではないんだけども。

 ただ日本にいた時には四季に合わせて衣替えがあったりで、結構気分転換になっていたんだな、と思っただけだ。

 制服は薄手の長袖になっているが、これもまたなんの代わり映えもない。

 

 学校に足を踏み入れて、少しは進展はあった。

 図書館に初めて行った時に、司書の男の人に声をかけられたのが唯一の進展といえる。

 司書曰く「やぁ、久しぶりですね! 前は毎日のように図書館に来てありったけの本を借りて行ってたのに最近顔が見えないのでどうしたのかな、と思ってたんですよ〜」

「え? 記憶喪失? はぁ〜そんなことがあるんですね、ということは私のことも覚えてないんです感じですかね? あぁーすいません。それじゃぁ完全に不審者でしたね……。何度かリファレンスをご利用いただいて少し面識があったものですから、つい。すいません」

「え? ぁ゛、重ね重ねすいません。申し遅れました。司書のレイと申します」

 胸元にある名札を指差しながらようやく自己紹介をしたレイさんは、にこにこと柔和な笑みを浮かべている。

 この司書かなりおしゃべりな男で、アイヴァンくんや私が質問すると十倍ぐらいの返事をしてくれる。

 黒い癖っ毛に黄色の目。目の奥にオレンジの虹彩が見えている。

 猫みたいな人である。その眼を見ていると飼っていた黒猫を思い出す。

 黒猫のミィは私が小さい頃に拾ってきた猫である。捨てられていたのをかわいそうだと親に頼み込み、私が世話するから! というありきたりなセリフを何度も言い、説得した末にようやく家族になった仔猫だ。

 結局は両親共々猫のかわいさの前には太刀打ちできず、私が世話するまでもなく、進んでお世話をしてくれている。

 司書というから、昔リッチェルが読んでいた本や貸し出ししていた本を確認することが出来るかどうか聞くと、本人が閲覧履歴を確認するのは簡単だという。

 しかしリッチェルが最後に本を借りてから一年以上経過しているため、履歴はすでに消去されているのだ、と説明を受けた。

 一年か……そうか、そんなに経ってるのかぁ。

 そりゃぁ、懐かしくもなるはずだ。

 ……何年も経ってから帰って勉強とかいろいろ大丈夫だろうか。私だってきちんと社会人になりたいんですけど。

 俄然不安になってきた。


「貸し出し履歴は消えちゃってるけど、リファレンス履歴なら残ってますよ。リファレンスを利用してくれる人が少なすぎて何年も前のものでも見れるようにしてあるんです。よかったら見てみますか?」

「えっ、ほんとですか?? ぜひ!」


 茜の食い気味の返答にレイさんはにこやかに笑う。

 隣のアイヴァンくんのために少し背中を丸める。目線を合わせて話すタイプの人らしい。


「リファレンスの部屋は一人で入っていただく決まりなんです。申し訳ないんですが、君は外で待っていてもらえますか?」


 アイヴァンくんは、じ、とレイさんの顔を見つめる。何かを言おうとして口を開いたが、なにも言わない。

 そうしてたっぷり時間をかけてから、アイヴァンくんはふい、と眼を晒した。

 大人の男の人と並ぶとアイヴァンくんの幼さが際立つな、と思いながら私は二人を見ている。

 アイヴァンくんが背が伸びて、大人の男の人になるところは見てみたいが、茜はそこまで長い間この体の中にいるつもりはない。非常に残念だ。


「わかりました。少し喉が渇いたので一階のテラスで待っています。……期間限定のメニューを食べたいと言っていましたよね?」

「……申し訳ありません、ありがとうございます」


 アイヴァンの申し出に、茜は礼を言い軽く頭を下げた。

 食べたいと言ったのは一度だけなのに、きちんと覚えていてくれているあたりそつがない。

 今の期間限定のメニューというのは、すぐに変わってしまうので食べたいと思いながら食べられないことの方が多い。

 お店が出している看板はいつも美味しそうなケーキが躍りでているのだから食べたくなるのも仕方のない話なのである。


 図書館の中は静かだ。

 勉強している人はほとんどいない。 

 勉強をするための建物はまた別にあるからだ。図書館に来るのはごく一部。その中でリファレンスまで行って真面目に文献探しをする生徒はさらに少数になるだろう。 

 レイさんがリッチェルことを覚えているのもそのせいなのだと思う。

 アイヴァンと分かれて、茜とレイは階段を上がる。階層が上がるにつれて、人の姿はますますない。

 

「ここです」


 言われなければわからなさそうな目立たない入り口には、辛うじて【相談室】とプレートが出ている。


 ドアを開けたレイさんが、先導して部屋の中に入り、どうぞお入りください。と言うので恐る恐るドアの中に入った。

 

「あ、ドアは開けたままでお願いします」


 独身の男女が入る部屋の扉は開けておくのがベター。なにか犯罪が起こらないとも限らないし、すぐに人を呼べる。そうして、これは決してやましい密会ではありませんよーという、証明なのだ。

 

 ドアを開けたままにして入った部屋の中には立派な卓と椅子がある。

 向かい合わせで座るようになっているが、机が大きいため、お互いに手を伸ばしても届かないだろう距離間だ。


 机の上には何もない。


「以前どんな本を探していたかを知りたいということでいいですか?」

「はい、お願いします」


 椅子に座った私とレイさんは、数秒間見つめ合う。

 防音されているのか、部屋の中はさらに静かだ。


「わかりました。履歴を確認してきますから、こちらでお待ち下さい。うーん……ついでにいくつか本をお待ちしますね。何にもない部屋で退屈だと思いますが、逃げないでくださいね」


 猫のような眼をすぅ、と細めて笑いながらレイさんは部屋の向こう側にあったもう一つのドアから出ていく。

 ドアが開いた少しの間だけ、向こう側の部屋の様子が見えた。

 事務室のようにいくつか机が並んでいたが、その机の上に山ほど書類や本が積まれていた。

 乱雑な部屋だ。

 こちらの部屋のなんにもなさが際立っている。


 程なくして戻ってきたレイは本を何冊か持ってきたようで、本を運ぶための棚をごろごろと押して入ってきた。


「調べてきました」


 棚を部屋の中に入れると、レイはすとん、と茜が座っている前の椅子に座った。


 手にはなにかを持っている。

 記録を調べる、と言っていたから記録のわかるものなんだろう。


「えーと、四回リファレンスされています。調べていたのは《夢》《異次元》《魂と肉体》《古代語》《偏光眼の歴代所持者の能力》という感じで、なんというか……そういうのが好きだったのかもしれないですね。若い頃は一度はそういう訳のわからない力といたのに憧れるものですよね」


 訳知り顔で頷いているが、レイさんにもそういう時期があったんだろうか。


「ありがとうございます。えっと、持ってきてもらった本はどういう本ですか?」


 かなりの数を用意してくれているが、そんなにたくさん持ち帰れない。厳選して徐々に読んでいくしかない。


「まずは、夢に関する本。夢を見るメカニズムの本と、夢の分析をしているいわゆる夢見本です」


 リッチェルは自分の見る夢を分析したかったということだろうか? 日本にいるときも夢占いというのはあった。追いかけられる夢はなにをあわらしているか、とか、死ぬ夢はなんで見るのかというようなものだった。

 それと同じ感じなのだろう。大体の予想はつく。


「次の本はどんなものですか?」

「この分厚い本は、昔使われていたいわゆる古語を調べるための本です。古代語というほど古くはありません。こっちの薄い本は古語でかかれた書物です。言葉の並べ方などの参考になるかと思い、お持ちしました」

「なるほど」


 辞書か。失礼して分厚い辞書をめくる。

 ……この文字には見覚えがある。リッチェルの部屋で見つけたノートは確かこんな感じの文字でかかれていた。これは持ち帰るか、購入してでも手に入れたい代物だ。これさえあればかなり時間はかかるだろうが、あのリッチェルの怪しい日記の全貌がわかるというものだ。


「あとは、偏光眼の所有者に現れたことのある能力を網羅した本、異次元、という概念の専門書はなかったですね。他国、ということならたくさんあるんですが……」

「あとは、肉体と魂の関係、ですか」

「その通りです。それについては魂についての本をお待ちしています」


 茜は並べられた本を睨むように見つめる。


「この古語辞典はどこかで売っていますか?」

「うーん、まったくおなじものというのは難しいです。似たような古語を調べるための本は、空間転移魔法陣のある建物のすぐ隣のお店で取り扱いがあると思います。結構値段が嵩むんですが、貴方なら大丈夫そうですかね」

「そうなんですね、ありがとうございます。では、この古語の本二冊と、偏光眼の本の三冊を貸し出ししていただいてもよろしいでしょうか? 他の本はタイトルなどをメモさせていただいて、次回に貸し出しさせていただきます」

「わかりました。全部一気にかりるのは難しいかな、と思ったのでまだあらかじめ本のタイトルと作者名を一覧にしてあります。そのほかにも同じ分野の本をいくつか記載してありますので、お時間がありましたらそちらにも目を通してみてくださいね」

 

 一枚の紙には言った通りに書籍の一覧が記載されている。このレイさんは、のほほんとしているように見えてかなり気が効く仕事のできるタイプのひとのようだ。


「助かります!」


 正直にいうとこちらの文字の書き取りはまだ上手くない。かろうじて読める文字ではあるが、とても人様に見せられるものではない。

 自分でメモする手間が省けたことを茜はかなり喜んでいた。


「喜んだいただけてよかったです。……また探したい本があれば声をかけてくださいね。異世界のお話、また聞きたいです」

 レイが茜の背中に声をかける。

「ぜひ。またこんど!」

 浮かれる茜は元気に手を振った。



 本をかかえて、茜は出入り口付近にある貸し出しカウンターでいそいそと本をかりると、ほとんどなんにも入っていないカバンに詰め込む。

 かろうじて鞄の口はしまったが、ぱんぱんに膨れ上がってしまった様子はまったくおしゃれさから程遠い。

 おしゃれよりも実利。今は仕方のないことだ。


 早く家に帰って本を読みたい。

 こんなに本を読みたいと思ったのは生まれて初めてだった。

 

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