【八話】 王子様がやって参りました
タテロールは悪役令嬢の必須アイテム
入室された王子様は、標本を見るかのように私を観察していた。
……居心地悪……。
縦ロールは私の希望じゃなのよ?
お願いだから言い訳させてね?
やがて、右手を一振りすると、人払いをする。
いや……。
いつの間に、公爵家のメイドを手なずけてる訳?
我が家のように振る舞ってますね!
しかも、メイドがいた方が便利なんですけど!?
シンデレラまで下がらせちゃって……。
数少ない逢瀬のチャンスなのに……。
私は納得出来ずに、口の中でぶつぶつと文句を言う。
せめておいしいハーブティーが飲みたかった。
先程からまともに水分を取ってないのよ。
次から次へと吹き出してしまって。
第二王子様はベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろす。
ちなみに、第二王子様の御名はーー
ルーファス。
ルーファス・アッシュベリー。
海の宝玉と謳われた、絶世の美女である王妃様の血を色濃く継いだ陛下のお二人目のお子様だ。
真珠を溶かし込んだような綺麗なプラチナブロンドに深い海のような翠色の瞳をしている。
一般的には超絶美男子という区分だ。
シンデレラといい、第二王子様といい、次元を超えた存在。
超次元の算出?
まるで三十パーセント増しに描かれた絵画の世界だ。
実際王族なので肖像画確定だし…。
尊いわ。
私は小さく感謝を捧げる。
造形の神にお礼を言わないと。
それを合図のように、ルーファスが口を開いた。
「こんにちは。高慢ちきな性悪令嬢」
「………」
私が水を飲んでいたら、三度吹き出す所だったわ。
凄い王子様来た。
これは何というか、性格の悪さを隠す素振りも見せない様子だ。
「こんにちは。性根の世界一悪そうな王子様」
よし!
言ってやったぞ。
悪意には悪意で。
無礼には無礼で。
悪口には悪口でだ。
しかし……ルーファスって、ミシェールの本性を知っていたかしら?
私、彼に対して素を見せていたっけ?
私の記憶が正しければ見せていないのだけど?
どうして気取られた?
私が高慢ちきな性悪令嬢だと、知っているのは家族と令嬢友達くらいだと思うのだけど?
「世界一ではないと思いますよ?」
意外にも冷静に返された。
あんまり直情的じゃないわね?
こんなのでダンスパーティの断罪イベントをこなせるのかしら?
「世界一は、あなたのお母様、カールトン公爵夫人。二位はカールトン家の上の令嬢。三位はカールトン家の二番目の令嬢でしょう」
私は目を見張った。
良く言い切った!
その通り! まさにそう。
ちなみにカールトンは我が家の姓だ。
私はうんと頷いて賛同を示す。
母は酷い。
娘の私が言うのだから間違いない。
姉も相当に酷い。
妹の私が言うのだから間違いない。
「良く分かっているじゃない。あなたの事、誤解していたわ。もう少し諦観主義かと思っていたから。観察力があって頭の回転も速く、王族の割には言いたいことが言えるのね」
しまった。
悪意に善意で返してしまいましたよ?
大分上から目線でしたが。
「………」
「………」
ルーファスは目を瞠り、私もまた言葉を失った。
乾いた笑いでも付けておこうかしら、どうかしら?
「想定と違うお返事ですね?」
「ええ、ご免なさい。悪役令嬢として、言葉を間違えてしまったわ。あなたの言葉に心から賛同してしまって。私の母は性悪の人間です。そして姉もあなたの見立てに間違いありません。そして私もまた、人を虐めるような卑しい人間です。どうぞ、その権力でもってダンスパーティの日に、婚約破棄を宣言し国外追放にして下さいませんか?」
「………」
ルーファスはいよいよ言葉を失って黙り込んでしまった。
「あなたは誰ですか?」
「高慢ちきなカールトン公爵家の二番目の娘、ミシェールです」
「僕の知っているあなたは、些か素直さに欠けている人間でしたが?」
「ええ。性格の悪さを社交力で隠していたわけですが、今カミングアウトしました。これからは素直に生きて行きたいと思います」
「性格が悪いのは知っていますよ。今更カミングアウトしなくて結構」
「あら、お話がお早い事で。あなたの身分と頭の回転の速さを見込んで折り入ってお話があるのですが?」
「まさか、さっき言っていた国外追放云々の話ですか? 正直、頭を強く打ち過ぎたのではないですか? 令嬢とは思えない発言だったので、聞かなかったことにしようと思っていた所です」
「いえいえ、耳の穴かっぽじって聞いて下さいませ。私は今まで義理の妹であるシンデレラに酷い事をして来ました。そこで、その罪を白日の下に晒して、罪を受け、国外に追放され、そこで一から出直そうと思っているのです。ちなみに白日の下というのは来たるダンスパーティの日の事です。なので二週間あまりしかありません。協力してくれる人がいたら良いなと思っていました。こうしてお互いがお互いの性根を知り合った以上、どうでしょう? この計画に乗りませんか?」
「僕に何のメリットがありますか?」
「もちろんありますよ。シンデレラという絶世の美女を妻に迎える事が出来ます」
「……何か勘違いしていませんか? 僕の婚約者はあなたですよ?」
「だからですね。ダンスパーティで王族並びに貴族の面々の前で私の罪を洗いざらいぶちまけて、こっぴどく振り、シンデレラを新たな婚約者とすると宣言してくれれば良いのです」
「………? そんな醜態演じろと言うのですか? あなたは恐ろしい人ですね。なんで婚約者をそんな衆人環視の下、振らなきゃいけないんです。というか女一人の問題でそんな事をしたら、末代までの恥なんですけど。絶対いやです。自分を馬鹿だと言っているようなものではないですか? 僕を社会的に抹殺したいんですか? というかそもそも当事者のあなたに何の得があるんです?」
「簡単に言えば罪滅ぼしです。負の感情をぶつけて人を虐めるなんて、許せない行為ですよね。はっきり言えばそんな心の腐った人間、軽蔑の対象でしかありません。だからそれをぶつけてしまった相手であるシンデレラを母と姉の毒牙から解き放ち、誰もがうらやむ王子様と結婚して幸せになって欲しいと考えています。その為に出来ることは何でもやってみようと思ったという次第です」
ちょっと私たちの会話、長くない?
二人とも理詰めのタイプだから、凄い事になっちゃってるわよ。
しかし、この王子、マジ断罪とかしないタイプだよ。
断罪イベントというのは、基本短絡的で冷静さを欠いた王子様がいないと成り立たない。
つまり、アレか?
年齢的なものを詰めるより、短絡的な王子様を探す方が先だったのかな?
「真意はどうあれ、一応あなたの行動原理は分かりました。しかし問題がいくつかあります。というより問題しかありませんよね? あなたは僕とシンデレラの未来を望んでいるようですが、二人の間にそういった感情は存在していません」
「それは後付け出来ないかしら?」
「出来ないと思いますよ? 僕が人から何て言われているか知っていますよね?」
「見目麗しい第二王子」
「そうです。そう言われている人間が望む婚約者って分かります?」
私はその質問に首を捻った。
見目麗しい王子様と呼ばれている。
つまり簡単にいうと容姿の良い王子と呼ばれている訳だ。
その部分をわざわざ今クローズアップしたという事は、とても簡単。
婚約者の容姿についての望みがあるという事になる。
自分と釣り合う絶世の美女でなければいけない。
もしくはその逆で、美女ではないタイプ。
絶世の美女を望んでいるならシンデレラが打って付けだ。
この王子はシンデレラを望んでいないと言っている訳だから、自ずと答えは導き出せる。
「醜女をお望みでしたか?」
「正解ではないが、遠からずだ。つまり見目形がその者の一番の売りでは困ると言いたい」
私は難しい顔で黙り込む。
容姿の良い人間の中に、自分の容姿を否定するタイプの人間が、一定数存在する。
容姿は間違いなく長所ではあるのだが、努力によって手に入れた物ではない為、引け目のようなものを感じてしまうのだ。
これは親から遺伝したもの。
後天的に自分の力で手に入れたものではない。
故にそこは自慢にはもちろん自信にだってなりはしない。
そういうちょっと、自嘲気味の人間がいる。
拗らせると自己否定にも繋がりかねない。
この王子がどれくらい拗らせているかは分からないが、自分のルックスに対する評価が低いのと、自分の代名詞が見目であることに傷付いているのは間違いないだろう。
可愛そうに。
シンデレラと同じ系譜の容姿だが、彼の方が心の作りが複雑だった為に拗らせてしまったのだろう。
うーん。
こういうタイプの人間とシンデレラは、合わなそうで合う気がする。
無頓着なシンデレラに影響を受けて、細かい事が気にならなくなれば僥倖。
私は内心で二人の相性は決して悪くないと判断した。
あとはこの王子にその事を気づかせる。
「ルーファス様、シンデレラはあなたの気持ちを心底理解出来ると思います。だって二人は同じ事が原因で苦しみ、乗り越えようとしているのですから。シンデレラもその容姿によって、大変な苦痛を受けた一人なのです。彼女が美しくなければ、人は彼女を羨み妬んだりはしませんでした。彼女はただただ可愛く生まれただけで、私の母のターゲットになってしまったのです。そんなシンデレラの悲しみを理解して守って差し上げられるのはルーファス様しか居りませんわ」
どうだろ?
なかなか心に響く良い台詞ではなかっただろうか?
「ほうほう。なるほどなるほど。あなたも大概飲み込みが速くて機転が効きますよね。実際ルックスという武器を武器に変えるタフさのない二人という共通点はあります。ですが彼女はどちらかというと武器に変える方法を知らないだけで、武器として使う事を忌避している訳ではないと思いますよ。実際王家に嫁ぐということはそういう部分を利用したとも言えますしね。ところがあなたはどうですか?」
私の方に矛先が向いた?
「私ですか?」
「落馬してからまるで人が変わってしまった。高慢ちき令嬢を返上して、ずけずけ物を言う令嬢にでもなったのですか? その上、人の容姿への興味が極端に低くなった。僕にもまったく興味がなさそうですね? 仮にも婚約者ですよ?」
それそれ、その経緯が聞きたかった!
「どうしてそうなったんですか!」
「どうもこうもありません。王宮でしぶとく強かに生き残る為には、あなたくらい傲慢で人の裏が読めて、図太い人の方が良いんですよ。可愛らしさとか弱さが微塵も無い所が、婚約の決め手ですね」
「………」
成る程ね。
成る程、成る程。
そういう観点で婚約者を選ぶタイプか。
確かにね。ルーファスもとい第二王子らしいわ。
でも、気に入らないわね。
何よその自分の恋愛を諦めちゃってるような言い分は。
冷めすぎてるのよ。
「シンデレラへの贖罪というなら、あなたが針のむしろのような王家へ嫁いで苦労すれば良いじゃないですか? 王族は苦しいですよ。右も左も敵だらけ。あなたの命を大切に思う人なんて少ないと思います」
私はここに来て、初めてルーファスという王子の顔をまじまじと見た。
大分拗らせている。
重傷レベル。
幸せじゃないのかしら?
王族も色々あるのでしょうね。
公爵家だって、ドロドロだもの。
「私はルーファス様の瞳の色、とても綺麗だと思いますよ。もちろんあなたが努力をして、手にしたものではなく王妃様の血を引き継いだものだと知っていますわ。でも、人を癒す力がある。それもまた事実です。何も罪のない自分の容姿を攻撃しないであげて下さい」
実際綺麗なものは綺麗だ。
宝石で言うとエメラルド。
人は綺麗な石を見ると、石から力をもらうのだ。
この人の瞳もそういう種類のもの。
まずは、この拗らせ王子の心の治療をしよう。
そうしよう。
計画はそこからだ!
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