【八十二話】西塔へ
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彼の令嬢は西塔に幽閉されている。
まあ、幽閉と言っても、牢獄とは全然違う。
それなりの部屋に外側から鍵を付けた感じだ。
もう公爵家は離籍し、縁の者ではなくなっている。
だが、一応はそこに入れているのだ。
裁判の結果次第で、もっと粗末な牢屋と呼ばれる所に移るのかも知れない。
もしくは、普通に殺される……。
私は一抹の不安を感じながら西塔に急いでいた。
ダンスパーティーは夕刻から。
それまでに話を付けなくてはならない。
塔というのは、基本螺旋階段を上がって行くし、なかなかの高さなのよ?
私は練習とばかり、スカートを捲り上げたいのだが、これからパーティーに参加するというのに、そこまでドレスを乱せないし、そもそもが衛兵などの人目がある。
最上階に辿り着くと、上がった息を整えながら、後ろのセイを振り返る。
汗一つ掻いてないじゃない?
なんて涼しげ。
まあ、鍛え方が違うのでしょうね。
分かります。
影ですし。
ここに来る道すがら、彼の本名は確認していた。
そっと耳打ちされた。
大きい声で言うのもどうかと思うけど。
耳打ちはくすぐったいわけ。
私は息が整うと、衛兵に目配せする。
兵は心得たように、頑強な鍵を外すと、私とセイを中に入れて、またドアを閉める。
扉は分厚くて、外の音は通さない。
話している内容は廊下に漏れないと思うわ。
私の正装姿での登場にティアナは瞠目する。
しかもーー
私をエスコートしているのは、第二王子様じゃない、近衛兵だ。
その上、若いイケメン。
どうだ!
私は「ふふん」と鼻を鳴らす。
何か揺さぶられたでしょ?
第二王子様を大切に思っているなら、揺さぶられるわよね?
「こんにちは。人殺し令嬢。その節は毒を全身に掛けて頂いて、ご挨拶だったわね」
意地悪そうな声をたっぷり出した。
私、こう言うの得意中の得意よ?
「あなたにもたっぷりとお返ししてあげるわね?」
そう言ってセイに片手を出すと、彼はそれはもう絶妙のタイミングでグラスワインを取り出す?
どこに持っていた?
秘密のポケット??
まあ、それは良いとして。
「お可哀想なティアナ様。公爵令嬢の身分をお捨てになったのですって? 庶民なら喉から手が出る程欲しい、貴族の称号。あなたはそんな大切なものを失ってまで、こんな所に入っている。自由も、身分も、男も、全てを失った。惨めねー」
口元に手を当てて「オッホッホ」と笑って見せる。
手に羽扇も持ってるわよ?
格好良く開いて見ようかしら?
「私は全てを手に入れた。自由も、身分も、第二王子様も。全ては私のもの」
私はこれ見よがしに首元のエメラルドを見せた。
王家所有の伝説のエメラルドよ。
翠色の目をした王子様が生まれない限り、表舞台に登場することはない。
「素敵でしょ? エセルバート」
やや控えて立っていたセイに目配せすると、彼は膝を付き、私の手の甲にキスをした。
「素敵ですミシェール様。あなたの美しさに良く映えています」
うっとりした瞳で私を見上げるセイ。
エセルバートとはセイのファーストネーム。
ふふん。
聞いちゃったわ。
偽名じゃない限り本名よ。
本名よね??
大丈夫よねセイ?
私はこちらを漆黒の瞳で見つめるセイを見つめる。
いわゆる見詰め合うという行為だ。
少し時が止まるわよね。
この瞬間て。
ティアナの表情がみるみる変わって行くのが分かった。
釣れたのかしら?
釣られてくれた?
私は上気していく彼女の顔色を横目で見ていた。