【七十八話】俺は見ていない
「安心しろ、見ていないからな」
「…………」
気まずーっ。
変な空気になってる。
見ていないと宣言をする人間が、私が何をしていたかを知る謎?
見たって事よね?
少なくとも、出だしは見た?
みたいな感じかしら?
なんていうかさー。
前世では、太腿の価値は非常に低いというか……。
普通に体育はショーパンだしね。
ミニスカもあるし。
まあ、太腿くらいでは動揺しない訳よ?
動揺した人、あまり見ないわよね……?
そもそもプールがあったし。
アレ、最強よね。
だって水着だよ?
布少ないわ、ピタピタだわ。
水着は下着。
布面積的に考えると。
だが、しかしーー
この時代の貴族は太腿までスカートを捲っちゃマズいだろ。
という話。
ふくらはぎですらマズい訳だ。
それを軽快に捲っちゃったわー。
えーと(汗)
気まずい空気が続く中、観念したのかセイが下りてくる。
「聞きたくはないが、一応聞いて置く。何してたんだ………」
「………」
突然、何の前触れもなくスカートを捲る令嬢。
ヤバイわ。
変態と疑われる……。
言い訳…。
言い訳を考えないと……。
えっと………。
私が言い淀んでいると、セイは溜息をついて呆れた声を出す。
「まさか、ダンスパーティーの最中、スカートを捲り上げて走り出すんじゃないだろうな?」
何よ。
分かってるんじゃない。
「そういう事もあるかなーって。保険よ保険?」
ああ。
保険の概念のない時代の人に、保険とか言っちゃった。
「保険が何だかは知らないが、事件は解決しただろ」
解決ね……。
ティアナ・オールディスの自供によって全てが解決していた。
馬に薬を盛ったのも彼女。
首を絞めたのも彼女。
彼女は第二王子様を懸想し、婚約が公になる前に私を殺したかったんですと。
なるほど。
解決して良かったなと心から思う。
だって、身の危険はやっぱり怖いから。
でもーー
保険大事。
今も昔もね。
「ねえ、セイ。物は相談なんだけど、このヒールの部分、取ったり外したり出来るようにしたいのだけど」
「お前、俺の話聞いてたのか?」
聞いてたわよ。
ええ。
聞いてました。
「解決したって言っただろ? ダンスパーティー中に、ヒールを折らなきゃいけない事なんて起きないだろ?」
「…………」
私ね。
死にかけて、決心した事があるのよ?
つまりは……。
石橋を叩いて生きよう。
うん。
これね!
馬の様子がいつもと違ったら乗らない。
重要でしょ?
寝る時は、枕元に剣。
お殿様的な?
食事は全て銀食器。
出来れば毒味付き。
石橋を叩いて叩いて叩きまくるのよ?
マジで。
全ての危険は取り除けなくても。
事前に取り除ける危険は取り除こうって。
そう思ってるんですよ?
事故る前のシートベルト的な。
そういう種類の安全対策。
交通事故は起きないように注意するし、安全運転を心がけるんだけど。
百パーセント、安全な訳じゃないから。
だからもしもの時のシートベルト。
備えあれば、憂い無し。
そういう、なんとも十六才とは思えない思考回路。
うん。
死にかけて、一気に若さを失ったわね。
気にしたら負けよ。
気にしない。
気にしない。
そもそも。
向こう見ずや無鉄砲は若者の専売特許。
ハイヒールって、背がスラッと見えるし、足が長く見えるから素敵だと思う。
しかしーー
リスクが高くね?
という話。
ハイヒールは汚れた街の中を歩く為に、生まれたらしいけど。
王宮は汚れてないしね。
ヨーロッパの街並みって綺麗なイメージがあったけど、男も女もハイヒールを履かなければ歩けないって……。
どれほど??
ちょっと想像すると怖いわね……。
日本は漆黒の瓦と漆喰の壁が続く、とても綺麗な街並みだったらしいけど。
その街の綺麗さに外国人は驚いたと言うわよね。
見てみたかったな……。
江戸ロマンに馳せてる場合じゃなくて。
ハイヒールのヒール部分の折り方ですよ。
あまりユルいと安定して歩けないので、硬くつけておいて、いざという時に、床や壁に打ち付けて折れるタイプが良いの。
ちょっと、今から作りましょうよ?
一緒に作ってね?
私は怪訝な顔でこちらを見るセイに笑いかけた。
こういう時に満面の笑みが出るって、ミシェールってやっぱり悪役令嬢よね?
セイはというと、疑いの眼差しを向けています。
影ですから。
令嬢の微笑みには騙されません。