【七十七話】ドレスの裾
私は自室の窓辺から、王宮の庭をボンヤリと眺めていた。
考えが纏まらず、今までの出来事を反芻していたのだ……。
王宮の庭は、いつも通り手入れが行き届いていて、季節の花が咲いている花壇や庭木が目を楽しませてくれる。
テーブルには昨日届いたダンスパーティーで着る衣装一式が用意されている。
ドレスと。
靴と。
首元を飾る宝飾品。
髪はオフェリアの薔薇で飾る予定だ。
公爵令嬢ミシェールという人は、それなりにこういった装いが好きだったようだが、前世の私は微妙だったりする。
なにせ合理主義なのだ。
ハイヒール、足元が大変不安定。
これが気になるのだ。
私は十センチヒールを履く予定なのだが、これではもしもの時に走れない。
ホールで押されれば転ぶし、階段だと洒落にならない。
何段も落ちれば結構大きな事故になる。
怖い訳だよね。
自由の効かない装いが。
じゃあ、もしもの時はハイヒールを脱ぎ捨てれば?
とも考えるが、裸足の足でどれほど逃げられるというのだろう?
石を踏んでしまったり。
硝子を踏んでしまったり。
濡れている場所を踏んだり。
普段、靴を履いて生活している人間の場合、それ程足の裏は頑強には出来ていない。足の裏を切ったら、もう走れないと思う。
それにヒールに合わせてドレスを作ってあるから、裾が長すぎて、脱いだら脱いだで、裾を踏みまくってうまく動けない。
ドレスの裾を持ち上げて走ると、両手が塞がるから、やっぱりとても危うい。
うーん。
困るわね。
ドレス用の自動裾上げ器? 的なものが欲しいわ。
なんていうか、洗濯ばさみ的な。
おぉ。
ガーターベルトで良いじゃない?
私は良い案が思い付いたとばかりに、手をポンと打つ。
良いじゃん。良いじゃん。
太腿に多めの八本仕込んで置けば、四本外しても靴下は落ちない。
そうすれば、ドレスを捲って逃げられるわ。
私の思考は令嬢とは限りなく遠くなって行く。
パニエは短めにすれば、外側のドレスだけ捲って身軽になれる。
ちょっと付け替えが面倒くさそうだが、そこはしょうがない。
練習有るのみだ。
何度も何度も練習して、片側三秒で行きたいわね。
捲って。
取って。
付ける。
スリーステップだ。
よっしゃ、やるか?
捲って、取って、付ける。
私は太腿を露わにしたかと思うと、ガーターベルトを取って、スカートに付け替えてみた。
意外に手間取るわね。
こういう事って、自分でやった事がないから……。
このスナップというか挟む所、これを外しやすいように、癖をつけておかないと、硬くていざという時外れないわ。
私は熱心に黙々と、何度も練習した。
端で見ると「何をやってんの!」という感じだが、端で見ている人はいない。
いないわよね?
私はチラッと天井を見る。
事前に、確認した方が良かったかしら?
「セイ?」
私は今更ながらに確認の声を発した。
手遅れ感が半端ない。
「………」
無言。
だがしかしーー
消していた気配が、声かけと共に現れた気がする。
いた。
コレって……?
どうしようね?
捲ってしまったスカートをおずおずと戻すと、淑やかそうに椅子に座ってみる。
今度から気を付けよう。
そうしようね。