【七十一話】毒と心中
ヒ素系の毒って、目に入るとどうなるのかしら?
そんなことを一瞬考えた。
これって既に詰んでない?
私が銀杯を出した時点で終わりよね?
第三公爵令嬢ティアナ・オールディス。
こんな馬鹿げた事をするかしら。
毒は致死量を摂取しなければ死なない。
当たり前の話だ。
きっと子供でも知っている。
じゃあ、なんでぶちまけた?
私が毒と気付いて飲まなかったから?
銀杯に注がれて、黒ずんだから?
頭の中に、思考が怒濤の如く押し寄せる。
計画とも言えない計画で、建国から王家を支えてきた公爵家が取り潰される?
私は背中にヒヤリと冷たいものを感じた。
ぶちまけられたラズベリー水を避ける為、顔の前に手を翳した。
どうしてこういう時は、水滴一粒一粒が、空中に浮いて見えるのだろう。
まるでスローモーションだ。
私は目をきつく閉じる。
まあ、急所と言えば目でしょう?
みたいな行動だ。
けれど閉じる直前に見えた光景に瞠目する。
ティアナが杯に口を付け、飲もうとしていたのだ。
宣言通り、自害する気!?
「衛兵! ティアナ・オールディスを拘束せよ」
セイの鋭い声が響いたと思うと、どっと衛兵が部屋に飛び込んで来る。
え?
衛兵が待機していた??
私はドアから溢れた衛兵に驚愕したが、一触即発な感じだったので、セイなりメイドなりが連絡していたのかもしれない。
いや、そもそも、この面会時にはいつも控えていた?
だって、当たり前のように呼んだし。
間に合うかしら?
心配したのも束の間、ティアナの持っていた杯はセイに手首ごと蹴り飛ばされて、中身をぶちまけながら飛んでいた。
令嬢の手首を蹴った!?
驚くとこはそこじゃないし!?
そして私はというと、頭から毒のシャワーだ。
いや、マジで比喩じゃなくて、毒のシャワーだよね。
妙に温いラズベリー水の感触が広がる。
目を閉じて置いて良かったわ。
滴ってますよね?
なみなみ注がれていたしね……。
うん。
というか誰か、た、タ、タオル………。
頭から毒が滴っていて、目が開けられない。
しかし、状況が知りたい。
タオ、タオ、タオル…………。
耳だけでしか確認出来ないけれど、複数の衛兵がガチャガチャとブーツを鳴らしながら忙しなく立ち回っている?
「西塔に連れて行け」
とか。
「後ろ手で縛った後、身体検査をしろ」
とか言ってるわ。
「毒を隠し持っているぞ、自害させるなよ。舌を噛まないように口も縛れ」
私はというと、もうタオルなんて悠長な事を言ってられなくて、着ていたドレスの袖でがしがしと頭を拭いた。
ちょっと、ちょっと、どうなってるの?!
指示してるのは、全部セイの声だ。
あいつ、偉そう。
影じゃないわ。
影は副業みたいなもので、本職あるわ。
絶対偉い奴ね。
袖で顔やら頭やらを拭きまくっていたのだけど、よくよく考えたら、袖には毒がたっぷりと染み込んでいて、余計に悪化した。
そもそもドレスというのは、水分を余り吸収しない。
それでも薄く目を開けて見れば、華奢な背中が、衛兵達に取り囲まれて廊下に消えていくのだけが見えた。
薄い肩が小刻みに揺れていた。
そして私はというと、駆け込んできたルーファスに手首を強く引かれて、別室に連れて行かれる。
タオル?
タオルくれるの………?
そろそろ、マジ欲しいわ。