【五十六話】一人目は。
私は目の前の好青年に向けて、オホホと柔らかめに笑った。
しかしーー
もちろん内心では動揺しています。
アレレ?
どうしてこうなった?
私は絞殺未遂犯を探していたのだ。
四人の令嬢と会うつもりでいた。
けれど、目の前にいるのはどう見ても青年。
我が国でも陛下、王妃陛下の次に知れ渡っていそうなお顔。
「ところで、我が妹君」
「はい、何でしょうか」
妹とキタ。
うん義理の妹ね。
「僕の事は、殿下ではなく。お兄様と」
「はい。失礼じゃなければ、喜んで」
非公式な場とはいえ、第一王子様をお兄様と呼ぶことになりました。
えっと……。
私はというと、昨日一日ぐっすり寝て、お昼頃、呑気に目を覚まし、フルーツを搾ったジュースを飲み、テラスでのんびりした後、柔らかいパンを一枚食べ、明日の準備を整えると、夕食に野菜ジュースを飲んで、寝た。
物凄い健康的な生活だ。
もちろん缶ジュース的なものはないので、野菜ジュースとは人参とリンゴのジュース。
いやー。
絞りたては美味しいね。
こういう美味しいものを食べると、貴族に生まれることが恵まれていることだと実感する。
で、目の前の青年はというと、アッシュベリー王国の王太子様ですよね。
うん。
なぜ、王太子様と会っているのかと言うと。
王太子様の方から、何度も要望が来ていたらしい。
理由は、自分の目で弟の結婚相手を見定めるため。
と言っても、私と王太子様は学園で二年間被っている。
まったく知らないという程でもないが、直接話したことがあるかと言われると、一度もないとしか言い様がない。
同年代の第二王子様とは違う。
そして、見定めるとか言われている。
すみません。
こんな娘で。
「僕はね、学園では君の姉に当たるオリヴィアと同窓でね。四年間一緒に学んだものだよ」
「そうですわね、お兄様。姉が大変お世話になりました」
「ほんとにね……。オリヴィアという子は、困った子というか強引な子というか押しが強いというか……。彼女と同窓だった事で女性というものを色々学んだよ」
王太子様は深い溜息をお付きになられた。
すみません。
姉がとんでもない事を。
色々しでかしてるのだろうとは思っていましたが、想像以上だったんですね。
「すみません、お兄様。姉はお兄様に好意を持っていたようで、きっと積極的に行動して、ご迷惑をお掛けになっていたのだと思います」
「まあ、君が想像している好意とは種類が違うと思うけど、迷惑というか騒動というか、沢山あったね。君の姉がいるところ騒動ありといようなものだったから」
そう言うと、王太子様が紅茶を一口お飲みになった。
何か、第二王子様とは違う優雅さなのよねー。
金髪碧眼の、いわゆる王子様王子様した見掛けなのだが、その割につかみ所がないというか。
ちなみにここは、王宮内のラウンジ。
人払いもされていて、王太子様と私のみだ。
しかし、多分、天井裏に影が二人。
王太子様の影と、第二王子様の影。
セイもなんで四人のうちの一人が王太子様だなんて言うんだろう。
どこをどう見ても彼は真っ白じゃないか。
「王太子様の前で、いったい姉は何をしでかしていたのでしょう? よかったらお聞かせ下さいませ」
「例えば、僕を慕ってくれる令嬢に水を掛けたりとか? 座学で勝負を持ちかけて来たりとか。男子の授業に潜り込んだりとか?」
王太子様は遠い目をして語っている。
ホント迷惑な姉ですね。
何なんでしょうか?
目的がさっぱりです。
男子の授業に潜り込んでどうする?
何がしたいのか実の妹にも分かりません。
「一番困ったのは、弟の魔法に付いて、何度も探りを入れられた事だね」
「………」
それは困りますね!
ていうか、どうやって嗅ぎ付けたの?!
凄くない?
私が今の今まで知らなかった事なのに。
「でも、今回の落馬事件で完全にオリヴィアにもバレたよね」
「………」
すみません(涙目)
四年間も死守していた秘密が、私如きの為に(涙)
「君、事故のことどれくらい知ってるの?」
「?」
「乗馬ってさ、鐙にしっかり足を通すでしょ?」
「はい」
確かに、土踏まずのところまでしっかり入れる。
鐙の歴史は、乗馬に革命をもたらした訳だが、もちろん全てに置いて完璧な訳ではない。
「落馬したとき、鐙が抜けずに頭から落ちることは良くある事なんだけど、君の場合も例に漏れず、頭を強打した」
そうなんだ。
そういう詳細は、今初めて知ったかも。
つまり、ルーファスは気を使って言わなかったんだ。
私が怖がるといけないから。
セイですら、そんな事は言わなかった。
つまりこの人は、絶対的な味方ではないのかも知れない。
でもーー
アッシュベリーの建国法。
兄は弟を可愛がり、弟は兄に敬意を。
兄弟仲は上手く行っているのよね……?
「頭蓋骨挫傷。内部の出血が酷くて、もう助からない状態だったらしいよ?」
想像すると、今でも少し怖い。
落ちた瞬間と、強打したとこまでは憶えてる。
そう。
私は、頭を強く打ったのだ。
十四日間も意識を失っていたのだから。
つまりは死んでいた。
死んでいた命なのだ。
それを第二王子様が繋いでくれた。
私は、彼に、もっと感謝すべきね。
何も分かってないんだから。
「君の紅い髪は、オリヴィアを思い出させるね」
そう言って、王太子様は私の髪を見つめていた。
そっくりだと、微かに呟いたのが聞こえた。
ええ。
似てますよね。
若干薄いですけども?
よく言われます。