【五十二話】影の正体
「第二王子妃の座を狙っている御令嬢はどこのどちらさんなのよ?」
「……いっぱい居るだろ」
そりゃ、いっぱい居るわよね?
その中で目ぼしい子は誰なのかって話よ。
「条件と可能性を合わせれば随分絞り込めるのでしょ?」
「………可能性の話をすればキリが無い。そもそもこの婚約は、公式にこそ出ていなかったが、内々には七年前に内定していたことだ」
??
今、なんておっしゃった?
「知らぬは本人ばかりだな。間抜けな話だ」
私は絶句したまま立ち直れません。
なにそれ?
なんで私だけ知らないの?
有り得なくない?
嘘でしょ?
じゃあ、落馬直後に決まったのは公式な婚約で、非公式な形では七年前から話はあったと……。
父も、母も、陛下も、王妃陛下も、第一王子様も、第二王子も全員知っていたと……。
私はガクーと来た。
恥ずかしい。
居たたまれない。
何なの?
どういう事なの?
付いていけないんだけど。
お母様、何故おっしゃってはくれなかったのですか……。
仲良くもないが、別段表立って喧嘩をしていた訳でもない。
そして、何故私も気付かない。
私は落ち込んで、テーブルに突っ伏した。
七年前から非公式に決まっていた?
まあ、口約束的なアレよね。
勿論、七年の間に第二王子様への婚約話は無数にあったハズで……。
じゃあ、貴族連中も勘の良い人間、もしくは年頃の娘を持った人間は知ってたんじゃない?
ああ、第二王子妃の枠は確定している。
カールトン家の次女だ。
って。
まさか噂になっていたんじゃないわよね?
私はガクガク震える。
私、十二歳から十六歳の今日まで、第二王子様とご学友だったのよ?
知らないとかヤバくない。
しかも、あっちは知っていたのでしょ?
私、そんなこと知らないもんだから、平気な顔して偉そうに話してたのよ?
王族に対して偉そうにするってものなんだけど、ここは学び舎だから的なノリで。
ああ、思い出したくもない、あんなことやこんなこと。
なんなんだ私。
肝心な所で勘が鈍くない?
というか意図的に隠されていたのよね?
そうじゃなければ、知らないなんて考えられない。
遊ばれてたのね。
うん。そうだわ。
きっとそう。
反応を見て面白がっていたのね。
影だって知っているのに……。
まあ、影は大概のことは知っているでしょうけど……。
私は恨めしそうに影を見る。
「セイはいつ知ったの?」
「当然七年前だ」
「…………」
こいつ。
筋金入りの王子の従者ね。
もしくはもっと濃い関係。
私は自分の婚約者は七年間知らなかったけど、違うことには勘が働くのよ?
面白そうな事には鼻が利くと言うか。
この影、ただの影じゃないんでしょ?
幼少期に第二王子様の遊び相手を務めているということは、親がある程度、身分のある人間ね。
考えられるのは乳母の息子。
乳母の息子なら同い年になる。
もしくは第一、第二、第三公爵家の人間。
これなら男子の末っ子の筈。
そして裏王家の人間よ。
有るか無いかは秘匿とされているけど、あるんじゃないの?
古来裏王家の人間は、決して政事に参与しない。
表舞台には上がらないことを条件に、王家に次ぐ力の所有を許されている。
そもそもが対の家なのだ。
確か、建国の王の右腕だった王弟。
この王弟は、影の仕事を全て担ったと言われているわ。
裏王家にピッタリの条件じゃない。
アッシュベリー王国の王弟って、他国とは扱いが少し違う。
基本、兄に従順。そして互いに決して裏切らない。
盟約のように強固な決まりだ。
勿論、現陛下と王弟殿下も大変仲が良ろしい。
そして、弟は重宝される。
これは建国に基づいているのだと思う。
アッシュベリーの国史に刻み込まれている。
同腹の兄弟は、細心の注意をしながら育てられる。
兄と弟は対等ではないし、平等でもない。
決してライバル意識を植え付けない。
『兄は悌に 弟は敬し』
弟は兄に敬意を持って接し、兄は弟をよく可愛がる。
兄は弟の信頼に応えなければならないし、良く教え、良く面倒を見なければならない。
この概念を骨の髄まで理解していないと、何かの切っ掛けで諍いが起きてしまう。
それを起こさない為に、建国から守られている王国の基本理念。
第一王子様と第二王子様も表向き仲睦まじいと聞いているわ。
まぁ……。
この理念に添って育てられたのでしょうよ。
セイってさ、影の割りに偉そうな態度よね。
身に染み付いてる偉そうな素養。
公爵令嬢なんて歯牙にもかけない。
そんな空気があるのよね?
可能性としてどうだろう?
裏王家の人間ってありじゃない?
まあ、今は深追いせずに置いておくけども。
いつか直球で聞いてみたいものだ。
今は取り合えず犯人捜し。
随分と色々な人が婚約の口約束を、知ってそうじゃない?
困ったわね?
絞り込めないってことなのかしら。
実際問題、犯人を捜していた影が、護衛に回っているという事は、後手に回ったってことかしら?
不吉よね。