【四話】 能力は相殺型です
ガラスの靴が宙ぶらりんに……。
能力が相殺型ではあまりにも酷いので、今後検討して行きたい課題だ。
空気が読めて頭の回転が速い事と、マイペースは同時に内在出来るのか?
空気が読めるとマイペースには成り難い。
読めるけど、敢えてマイペースを貫くという、確信犯(誤用 確信犯の本来の意味は、気づかず当たり前のようにする事をいうのだが、世間一般のイメージは分かっていてする事をいう)的なのはどうだろう?
読みたい時はさっさと読んで、読みたくない時は読まない。
使い分け。
ハイブリッド!?
ファンタジー用語で言うところの、魔法も剣も使える魔法剣士。
最高! 格好良い! 飛躍し過ぎ!
物は考えようね。
ポジティブ正義。
何でも強引にポジティブ方向に軌道修正すれば、世界は大分生きやすい。
相殺型問題の糸口は掴んだところで、ガラスの靴問題を解決しなくては。
最優先事項。
シンデレラストーリーの要だしね。
妹に押しつけないといけない。
絶対厳守のルール。
一番最初にクリアしておきたいわよね。
そうじゃないと、落ち着かないったら……。
私は少し微笑んで口を開く。
「私、先日落馬したじゃない? それで頭を強く打った所為か、人生を思い返すことがあってね。反省すべき点は反省し、生まれ変わったつもりで生きて行こうと思うの。それはシンデレラ、あなたに対してもよ。私はあなたへの態度を改めて、これから違う関係を築いて行きたい。その一歩としてあなたにガラスの靴を譲りたいの」
一気に言い切って私は満足した。
これだけ言えば、少し鈍い傾向にあるシンデレラでも分かるだろう。
そう思って彼女の様子を窺うと、ピンときていないのかボンヤリと首を傾けている。
まだ!? まだだった!?
もうちょっと噛み砕いた方が良い?
理解速度の問題?
もしくは、内容が理解不能?
ミシェールは熟考する。
物語補正かしら?
可能性としてはあるかも知れない。
本来、義姉Bが口にするような言葉ではないのだから。
義姉Bは美しいシンデレラを妬んで、生まれ持った才能を潰すことに躍起になっていた人物。
どんな世界にも、自分の才能を伸ばす事より、人の才能を羨み引きずり下ろす事に執着する人間がいる。
こういった人種は決して侮れない。
本来は自己成長に回す膨大な力を負の方向に向けている故、大きなエネルギーを発揮するのだ。
このエネルギーをぶつけられた人間は、よほど注意していないと、引きずり下ろされる。
ポジティブからネガティブへ。
幸福から不幸へ。
シンデレラが良い例ではないか。
彼女は大公爵の一人娘。
恵まれた環境に生まれ、見目麗しい容姿をしている。
実母が亡くなり一転。
私の母親、つまり現公爵夫人の悪意によって幸福から不幸へ転がり落ちてしまったのだ。
考えてみればたった一人の人間の作意によって、自分の幸福が失われるとは恐ろしい事だ。
シンデレラのように、実母が優しく、身分的にも恵まれていて、人の悪意に晒されずに育ち、素直で単純な子というのは、こういうタイプの悪意に弱い。耐性がないとも言うし、対処の仕方も知らないともいう。
だから、あれよあれよという間に巻き込まれてしまう。
ちなみに前世の私。
図書館司書をしていた私は、知識があったので、単純ではなかった。
つまり虐めに対しての適切な対処方を理解していた。
だからって、虐められて平気な人間なんていないけどね……。
いやな気分になるものだ。
ああいう意地の悪い人間って何で存在するのかしら?
とういうか、今の私がそれか。
まさにそのものか!
こっち側は体験したくなかったなー。
本でいうところの
『モンテ・クリスト伯』
ね。
自分の立場を羨む人間に、填められて全てを奪われてしまう。
主人公は素直で明快だが、技術的な意味で対処法を知らなかった。
ただただ嵌められて奪われて、困惑して。
シンデレラと同じ属性の人間よ。
そんな彼を、牢屋の隣人(神父)が教え諭すのだ。
『おかしな事が起きたら、それが起きた事によって得を得る人間を考えろ』
名言!
神!
賢者!
知識正義!
なかなか為になる作品よね。
アレクサンドル・デュマの傑作。
日本では『巌屈王』という名で翻訳されて出回っている。
子供用も巌屈王。
デュマのもう一つの傑作、『三銃士』と一緒に学校の図書館などに置かれているメジャー作。
この作品の一番怖い所は、実話を元に作られているというとこ。
実話!?
恐ろしい。
新聞記事を読んで、デュマがインスピレーションを受けたのね。
それを小説にしたと言うわけ。
その実話というのはーー
一介の靴職人が裕福な女性と婚約し、それを羨んだ友人から填められ、七年も監獄に投獄される。
その男が七年後、出獄した所から復讐劇が始まるわけ……。
この実話の最後は、復讐劇を終えた瞬間に殺されてしまうのだけど、モンテ・クリスト伯は違う。
彼は自分を愛してくれる新しい恋人と幸せになる。
私はそのハッピーエンドが大好きだった。
小説の良いところは、大好きは主人公が試練を乗り越えた先に幸せを手にしてくれる事。
もちろんバッドエンドの小説も沢山あり、その中には傑作も無数にある。
ただ、モンテ・クリスト伯はハッピーエンド。
デュマという小説家は、実話を元にしてかなり忠実に小説化していった訳だけど、ラストは百八十度変えてきた。
彼は、新聞記者ではなく小説家だったのだ。
事実を伝えることが仕事ではない。
楽しい活字を届ける事が仕事なのだ。
人は何故小説を読むのか?
と考えると……シンプルな結論に至る。
『楽しいから』
それ以外の理由って少ないと思う。
だってかつての私がそうだったから。
図書館に来ている人は、大抵そうだったと思う。
退職したおいちゃんが、歴史小説を全巻借りて行ったり。
小学生が探偵小説を借りて行ったり。
みんなどこかワクワクした素振りで借りていく。
そしてーー
幼稚園女子が大好きなシンデレラという童話もハッピーエンドだ。
目の前にキョトンと首を傾げているシンデレラを見る。
私は小説も童話もハッピーエンド押しなんです。
そしてもちろん現実も。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
ブクマ&評価して頂けると嬉しいです!