【四十一話】白魔法の神髄
赤いドレスにピンクの薔薇?
体の底から。なんと言えば良いんだろう?
内臓を一つ一つ愛でられているような………。
細胞一つ一つが頭を撫でられたような。そんな感覚が体中に広がる。
体に染み込んだ悪意の痕が雪がれる。
声にならない声。声にしない声。
死なないで……。
と、聞こえる。
死なないで……。
思えば昨日の夜は、絞首されながら聞こえたものだ。
死ね。死んでしまえ。骨を粉々に砕いてしまえ……。
酷い言葉じゃない?
真っ黒な殺意を向けられたこととか、体中の痛みとか、あることないこと罵倒された悔しさとかで、心の中が荒涼としていた訳だが……鼻がツンとする……。
人は人と人の間に生きるものだ。
悪意と善意を受けながら生きて行くものなのだろうと思う。
悪意が心を荒涼とさせるなら、善意は心に沁みてくる水のようなもの。
ヤバイ。後から後から湧いてきて。涙が………。止まんないーー
回復魔法の執行を終えて、彼の唇が私の首筋から離れても、私はおいおい泣き続け、彼の膝を枕に、涙をドバドバ流し続け、そのまま温室で寝落ち………。
目が覚めたら夕方でした。私は震撼としましたよね? 自分のやらかしたことに……。
嘘? 王子様の膝枕で半日昼寝とか……。
気持ち良かったですけども……。
オレンジ色の夕日が差し込んで、薔薇が色づき、植物独特の水分が噎せ返る。
薔薇園の薔薇は、昼の強い陽射しから、夕焼け色に染まっていた。
彼の膝の上で目を覚ました私は、さすがにどうして良いか分からなかった。
笑うっていうのもいまいちで、微笑むというのも照れくさく。
半日も膝枕なんかしていたら、足が痺れないかなーとか。
この人半日も動けずに暇じゃなかったかなーとか。
そんなことを考えていた。どうしようね?
どうやって切り抜ける? このシチュエーション。
「目が覚めた?」
ええ、覚めました。そしてこの状況に戸惑っています。
第二王子様は大概多忙だと心得る。彼の半日を膝枕で終わらせてしまいました……。
ヤバくない? というか、彼は私が寝ている間、何をしていたのかしら?
暇じゃない? 膝枕って?
回復魔法恐るべし。白魔法、気持ち良すぎて半日寝落ち。
「ルーファス様、すみませんでした。お膝をこんなにも長い時間貸して頂きまして」
私は、上体を起こそうとするが、何故かルーファスにガッチリ掴まれ元の体勢に戻される。
足、痺れるよね? 大丈夫なの??
「もう少し、このままで……」
大分長い時間、このままでしたが……!?
まだ、このままなのですか……?
ちょっと……。恥ずかしいかなー。みたいな……。
彼は私の髪を撫でながら、瞳を見つめていた。
私も彼のエメラルド色の瞳を見つめる。
初めて会った時も、思ったものだ。綺麗な色だなと。
生死を彷徨って、気が付いた後も思ったものだ。綺麗な海のような色だって。
薔薇の温室は静か過ぎる程静かで、私達は何も喋らないから、夕焼けの色彩ばかりが降るように注いでくる。
ここは私の大好きな場所。
薔薇の花は高貴な気分にさせてくれるし、陽射しは緩やかで暖かい。
王族専用の庭だったから、公爵令嬢の私は入る事が出来ずに、こっそり抜け穴を探したのよ?
子供しか入れない小さな小道。誰も知らない剥がれた塀。
私はそんな場所を抜けては、ここに遊びに来たものだ。
小鳥がさえずり、小さなお花が咲く丘。陽射しを反射する薔薇園。
ルーファスの顔が静かに寄せられ、私の唇に唇が重なった。
夕日が当たる薔薇の園で、私はそっと目を閉じる。
この人は、私の生を望んでくれた人。私の婚約者。
七年前の、私の友達。